一路真輝さんに聞く歌の魅力。エリザベートのこと

1996年、日本初演となるウィーン発のミュージカル『エリザベート』で宝塚歌劇団雪組トップスターとして主役トートを演じ、同時に宝塚を退団した一路真輝さん。さらに2000年から始まった東宝版では2006年まで主役エリザベートを務め、まさに『エリザベート』の第一人者と評されています。その後も数々の作品で主演をこなし、その抜群の歌唱力と演技力で今やミュージカル界には欠かせない存在です。
今回、春秋座でのコンサートでは、京都フィルハーモニー室内合奏団の流麗な演奏をバックに、ミュージカルや懐かしの宝塚ナンバーをふんだんに披露します。コンサートに先駆け、一路真輝さんとも交流の深い春秋座プロデューサー・舘野佳嗣が今回のコンサートのこと、宝塚時代のことについてお話を伺いました。

 

縁を感じるウィーンという国

6年越しのラブコールがかなって
やっと春秋座にご出演いただくことになり、
たいへん嬉しく思っております。
京都でのコンサートは初めてですか?
一路
ありがとうございます。初めてなんですよ。
一路さんといえば宝塚で『エリザベート』の初代トート役を務め、
さらに東宝版でも今度はエリザベート役を初演から演じられました。
まさに、日本における『エリザベート』の第一人者でもありますから
今回も当然、『エリザベート』の曲は歌われますよね。
一路
はい。予定しています。
私、『エリザベート』の舞台のウィーンとは何かと縁が深いんです。
まず、宝塚のトップスターになる前に『微笑みの国』という
ウィーンのオペレッタをやりまして、
トップスター就任後、ウィーンの国立フォルクスオーパー管弦楽団と
ウィーンで共演したんです。
ゆくゆくの流れで『エリザベート』上演に繋がるのですが、
退団してからも年に1、2回はウィーンにお仕事で行っていたんです。
ですから、たどっていくとウィーンとの縁をものすごく感じるんです。
それで一部はウィーン繋がりの曲が並ぶんですね。
一路
はい。私、クラシックコンサートというと
国立フォルクスオーパー管弦楽団と共演した時に思った
「ウィーンで、ウィーンのオーケストラで、
ヨハン・シュトラウスを生演奏で聴いている!」
という
幸福感を思い出すんです。ですから今回、私から京都フィルハーモニー室内合奏団さんに
(以下=京フィル)
ヨハン・シュトラウスを2曲をリクエストしました。
そうなると自然と「ウィーン、わが夢のまち」
を歌いたいなと思い、
そしてウィーンといえば『エリザベート』なので
「愛と死の輪舞」へ続くと。
そんな風にウィーンと繋がりの深いオープニングになる予定です。
そこからは宝塚ナンバーになるわけですね。
一路
はい。「愛と死の輪舞」ときたら、やはり宝塚ワールドかなと思って。
そして自分の中で、宝塚時代の代表曲と思える「花夢幻」、
最後はケネディ大統領を描いた『JFK』の中から
「アポロ・月への旅」
を歌いたいと思います。
これは未来に向かって何かが始まるという曲なので、
あえて1部の最後に歌うのもステキかなと思いまして。
皆様に喜んでいただけるかなぁ、なんて考えながら決めました。

今の私が、どう表現するか楽しみ

2部のスタートは、京フィルさんがミュージカル曲を演奏されます。
3曲目に『王様と私』からの代表曲を予定されており、
その流れでもう1曲お馴染みのナンバーを選ばれたのですね。
一路
今回やりたいなと思ったのは、京フィルさんの演奏から
私の歌へ流れが自然に繋がっている感じにしたいと思ったんです。
ですから京フィルさんの演奏リストに
「Shall We Dance?」が上がっていたので、
そのまま「ハロー・ヤング・ラバーズ」を歌いたいなと思ったんです。
素敵な流れになりましたよね。
一路
『王様と私』の後は、
ウィーンミュージカル『モーツァルト!』から「星から降る金」を。
このミュージカルは博多と名古屋でしか出演しなかったので、
関西のお客さんに聴いていただけたらと思って。それから、この2年間、14年ぶりに出演した
『キス・ミー・ケイト』より「ソー・イン・ラブ」を。
14年たって今の私だからできる、
今の私の歌い方が何となく見えてきたので、
改めて京フィルさんと作りたいなと思っています。そして『レ・ミゼラブル』の「夢やぶれて」。
私、この曲が大好きで、自分のコンサートでも歌うのですが、
今の自分がこの歌をどう表現するのか自分自身に興味があるんです。歌って本当に不思議で、歳と共にすごく歌い方が変わるんですね。
自分の曲への感じ方も変わるし、お客様の聴き方も変わりますし。
ですから自分でも「今はこんな風に歌うんだ」って
発見があって奥深いんです。
当日は、自分がどんな風に歌うのか楽しみでもありますね(笑)。
その次は『サンセット大通り』から「With One Look」ですね。
一路
これは歳をとった女優さんが銀幕から退き、
今は世間からは必要とされていないけれど、
幻覚で自分は素晴らしいと歌う曲なんですね。
とてもドラマチックで大好きなミュージカルです。

『エリザベート』は大きな財産

最後は再び『エリザベート』で締めくくると。
一路
一路真輝にとって大きな大きな財産である『エリザベート』から
「夜のボート」「愛のテーマ」を
最後に歌わせていただこうと思います。
『エリザベート』は一路さんの宝塚退団公演で、
しかも「さよなら公演なのに死神の役だなんて!」などと
随分、物議をかもしましたね。
作品的にもご苦労されたんじゃないですか?
一路
そうですね。『エリザベート』という作品が自分にとって、
こんな風になるとは当時、予想もつかなかったですけれど、
あの苦労があったから今があるって、
はっきり胸を張って言える作品に出会えたことは幸せですし、
財産だと思います。
ただ誰かタイムマシーンに乗って当時の自分に
「これをがんばれば大丈夫だよ」って
言いに来てくれたら良かったのに! と思うほど本当に不安でした。
「男役の限界を越えた」などと評されましたね。
一路
そうでした?! 当時は自分の事で精一杯で、
お客様のお声をあんまり覚えてなくて。
うーん、でも14年間の男役人生をぶつけられる役でした。
ただ、キーは宝塚の男役のためにかかれている歌に比べたら、
音域が下から上まで広いので苦しみましたね。
当時、『エリザベート』を宝塚でやろうと言い出したのは、
どなただったんですか?
一路
宝塚の古澤真プロデューサーの熱意に小池修一郎先生が負け、
私が説得されたような感じですね。
古澤さんは当時、宝塚歌劇団の中で
唯一、物語の筋などを理解した上で
『エリザベート』を観られた人だったんです。
それで絶対、宝塚に合っていると確信を持たれたんですね。
そこで私が古澤さんに呼ばれて説得され、
演出家は人間以外の演出をさせたらピカイチと言われた
小池修一郎先生が良いと言われて(笑)。でも小池先生は当時、舞台は観たけれどドイツ語ですし、
曲は世間に知られているけれども、良いとも悪いとも分からないと、ちょっと尻込みされていらしたんです。
それで私と花總まりさんと小池先生でウィーンへ観に行って、
宝塚らしいアレンジが加えられるのならば、とても良い作品だね。
という話になり、そして今日に至るんです。
ウィーンの方でも宝塚風にアレンジすることを
よく許してくれましたね。
一路
当時の小池先生の名言で
「テレビドラマの『渡る世間は鬼ばかり』が
ロングヒットしているのは、テーマが嫁姑問題だからだ」って。
だから「絶対にエリザベートもウケるはずだ」と
おっしゃられたのが忘れられなくて(笑)。
ほんとうに着眼点が面白いですよね。
やはり日本人に合っているんですね。
あの旋律も日本人の琴線に触れますよね。
一路
ウィーンやフランスミュージカルが
日本のお客様に受け入れられるのは、
何かしら日本人の心を打つものがあるからなのでしょうね。
それはヨーロッパの歴史なのか、
ヨーロッパに王様がいらっしゃるのと同じように
日本に天皇がおられるからなのか。
でも、日本人はハプスブルク家が好きですよね。
ですから、いろいろな意味で『エリザベート』には
日本人が喜ぶ要素が詰まっていたのかなと。
宝塚を卒業されてからは東宝版の『エリザベート』に
今度はエリザベート役で出演されますね。
キーの違いなど大変だったんじゃないですか?
一路
大変でしたし、今でも課題は沢山あります。
シシイ(エリザベートの愛称)をやったのは
女優としてまだ4年目で、
たくさん勉強しなくてはいけない時期でしたので
非常に大きな壁でしたね。
今回のようなコンサートで歌わせていただいたり、
自分のコンサートで歌ったりする中で毎回、
「あ、やっぱりこの楽曲、大変だ」と思ったり、
「今の自分はこういう風に歌えるんだ」と思ったり。
そういう発見がいまだにあります。

みんなで作りだした『エリザベート』

一路
宝塚は少女歌劇から始まり、
お客様に「夢」をお届けしてきた劇団です。
ですから、歌だけで構成されている
ミュージカルを上演するのは初めてでした!
なので『エリザベート』を上演すると決まった当初は、
はたしてセリフのような歌が
3階席まで届くのかと心配されました。
ですから出演する生徒も持っている力を最大限に絞り出し、
みんなでがんばったんです。
幸いなことに当時の雪組の男役がみんな歌える人ばかりで、
高嶺ふぶき(フランツ・ヨーゼフ)、轟悠(ルキー二)、
香寿たつき、和央ようか(ルドルフ)、
安蘭けい(ルドルフ少年時代)、
そしてエトワールだった朱未知留(ゾフィ)と
適材適所にキャラクターを歌える子がいたんですよね。
ですから主要なところは大丈夫だろうと。
ただ下級生にいたるまでソロがありますからね。
結果、こういう作品を宝塚でできるんだという
土台を作ることができました。
『エリザベート』初演の年に
星組で麻路さきさんが再演されていますよね。
一路
そうなんです。私たちの後、間が空いてしまったら、
どの組にやらせようかってなりますけれど、
一年経たずに再演することでトートはこういうもの!
という制約が無くなり、役の幅が広がったんです。その後2年で今度は姿月あさとさんがおやりになるのですが、
麻路さんの妖艶なトートとは違った、
姿月さんのトートを演じられました。
ですから、この3人から始まった作品だと思っているんです。実は今日、宝塚取材歴40年ぐらいの記者の方に、
私が辞めた後、何が変わったのかを教えていただいたのですが、
当時の植田理事長が「『エリザベート』ができたのだから、
宝塚はもっともっと自信を持って作品に挑もう。
だからもっと作品を上演したいから5組に増やそう」って、
おっしゃったっていうのを今日、初めて伺って感動しました。
5組を作るきっかけにもなったんだって初めて知りました!
だから今日を境に、こんなこともありましたって
言えるようになったのが嬉しいです。
辞めた後ってわからないですものね。
最後に京都のお客様に一言。
一路
京都に宝塚時代からよく通っていたんです。
祇園町とか銀閣寺とか行ったり、
湯豆腐とかおいしいものを食べたり…。
今まで京都で楽しい思いをさせていただいたお返しを
このコンサートで歌わせていただけたらと思います。
銀閣寺へは春秋座から徒歩15分ぐらいなので、
コンサートの折にまた訪れてくさいね。
一路
そうなんですか! ぜひ、行ってみます。
(撮影:高橋保世)

一路真輝&京フィル シャイニングコンサートin 春秋座