演じる高校生に出演したかつての高校生を訪ねて

シリーズ 第3回 奥野彩夏さん編

(第5回大会出場、大阪・大阪市立工芸高等学校OG)

「かつての高校生を訪ねて」3回目は、奥野彩夏さんにインタビューしてまいりました。
現在も俳優として活動していらっしゃる奥野さん。高校演劇での思い出や、演劇を通じて得た経験・成長をお話していただきました。

まず高校時代のお話をしていきたいと思います。高校で演劇部に入ったきっかけをお聞かせいただけますか。

入部したきっかけは、クラブ紹介で、工芸高校の演劇部が前年度に全国大会に出場したという先輩の体験談を聞いて、すごく、熱意に溢れているっていうか、活気溢れる姿を観て、「あ、青春してもいいかも」って思ったのが入部のきっかけでした。

それ以前は全然、青春していなかった?

そうですね…。中学生の時は反抗期の全盛期だったんですよ。家にも帰らず、もちろんクラブ活動なんかしていなかったんです。みんなで何かをやるなんてエッ?みたいな。
特に演劇に興味があったわけじゃないんです。工芸高校に入ったのも写真に興味があって、それで写真科に行ったので、クラブも最初、入る気はなかったんです。
けれども、そういえば私、クラブ活動をしていなかったなぁと思って。本当、軽いきっかけでした。

青春しようと思ったら、スポーツ系とかもあると思うのですが、演劇を選ばれたっていうのは、それだけクラブ紹介で見られたものが、すごく魅力的だったんでしたか?

一番、熱がこもっていましたね。でも、最初観た時は、人前に出て何かをするなんて恥ずかしいことで、観てすぐに「ここだ」って思ったのではなく「エッ恥ずかしい。何してるんやろう、エエッ?」みたいな感じだったんですけれども、なんとなくですね。3年間続くなんて思っていませんでした。

3年間演劇をやって、思い出をちょっとお聞かせいただきたいです。

一番、思い出すのは、顧問の羽鳥先生に企画していただいて、全国大会をみんなで観に行こうっていう合宿で、徳島県に何泊かしたんですけれども面白かったですね。
それが高校一年生の夏だったんですけれども、入部してその合宿に行くまでは、やっぱりどこか変なことしたくないな、と思っていたんです。
みんなでやる『アメンボの唄』っていう発声方法があるんですが、同級生が帰っていく中、みんなで整列して叫ばなくてはいけないことに、すごく抵抗感があって「エッなんでこんなことしなくちゃいけないの?」みたいな。
いろいろ恥ずかしいことがあったのですが、全国大会を観劇して、演劇って面白いなってそこで初めて思いました。

人前で発声練習って、普通恥ずかしいですよね…。

恥ずかしいですよー。先輩からは、もっと集中してって言われるんですけれど、「みんな見てますけれど」って。嫌でした。当時は。
春秋座の舞台に立てたこともすごい思い出で、『シロツメクサ』という作品で賞を頂いて上演したんですが、春秋座の盆を初めて見たんです。
スタッフの方が「これは盆って言うですよ」って言って、私たちがあまりにもキャピキャピしているので、回していただいたんですよ。そこにみんなで乗って「わぁ~」って。すごい楽しかったです。

そうですよね、普段中々お目にかかれない盆とかそういういうね、くるくる回ったりとか。

そう。泊まったホテルの部屋ではしゃぎまくって。「盆すごかったー!」とかって言って回ったりとか、「歌舞伎やで、歌舞伎やで」って。今でもすごい覚えています。

高校で演劇に出会ったことで、自分自身変わったな、って思うことってありますか?

人の話を聞くことが一番、勉強になりましたね。
私が演劇部にいた時は、作品を作る度に一からみんなで話し合いをするっていうことが伝統として受け継がれていたんです。
でも私、最初はもう生意気な一年生だったんで、「話が長いんですけれども、早く帰りたいんですけれど」って思っていたんです。でも、3年生になるころには自分が話し合いの中心になって、仲間の意見を聞いたり、後輩に伝えたりしていることにびっくりしましたね。
家でもケンカっていうか、親に対する反抗心も消えていったんですよ。演劇部おかげ様々って感じですね。

高校で演劇をやっていて、つらかったこととか、悲しかったこと、悔しかったこととかありましたか?

先ほども出ましたが、話し合いに取る時間がすごく多かったんです、私たち。今になったら、とても重要な時間だったっていうことは、分かるんですけれども、長時間になってくると、それぞれのイライラが全員に伝染するものだから、私自身も口調が荒くなるし。
そうこうしていくうちに、どうすることもできなくて、同級生が辞めていくのを見る、辞めていかれるのが一番つらかったです。
最初同学年が8人入部したんですけれども、最終4人で、1人が辞める度にもう、すごいケンカでした。
辞める理由も、自分たちだけではどうにもならないことなのに、当時は若いから、「でもなんとかなるやんっ!」みたいな。「無理やねん」って泣きながら、話し合いしていましたね。
そういうのも高校生だから泣きながら友達とかとケンカもできたのかもしれないです。

高校で演劇をしたことで、そこで得たもの、次に繋がったことがあると思う一方で、演劇に三年間ささげたことによって、逆に得られなかったこともきっとあると思うんですが、何かありますか?

一番の悔いは、写真を勉強したくて写真科に入ったのに、気が付いたら演劇活動ばっかりで、写真に対してもっと勉強したかったなって。
写真の課題提出締め切りが近付いても、自分は演劇部に行っていたってことは、それだけ好きになっていたんだろうなって思うし。後輩の子に対して、一人でも欠けたら稽古は進まない、だから時間通りに稽古場に来なければならない、ということを言っているからこそ、クラブに行かないといけない。
部活など学内で活動が出来る時間って、うちの高校、定時制とかの都合で5時までだったんです。

5時まで!はやいですね…。

そうなんですよ。で、5時までの時間を現像の時間に使いたいと思いながらも、私たちが稽古場に行かないと稽古にならないので、ある程度で現像作業を切り上げて稽古に行くようにしてたんです。だから写真科としての卒業制作展は、なんか、しゅーんって感じでした。

最後に、1月22日に出演する高校生、及び、この舞台に立つことを夢見ている高校生・中学生にメッセージを。

演劇は演劇をするから楽しいのではなくて、やっぱり人と話し合う時間を持てて、みんなで公演という目標に向かって進んでいく過程が一番の魅力だと私は思います。たくさんの人と話し合ったり、素直な心で耳を傾けたり…。私は今でも開演前の舞台袖で、お世話になっている方々の顔を想い返しています。大変だと思っても部員の話と顧問の先生の話をとりあえず聞いて、春秋座さんの豪華な舞台を夢見て前向きに励んだら良いことあるよって思います。

本日はありがとうございました。