京都芸術劇場 開場25周年記念・祝首里城復興記念「琉球芸能 春秋座特別公演」 特別インタビュー:伊良波さゆきさんが語る歌劇『奥山の牡丹』の魅力

写真:沖縄芝居研究会主催「令和六年 沖縄芝居 母の日公演」より(撮影:大城洋平)
「春秋座でしか観られない舞台」を掲げ、2012年より隔年で開催してきた「琉球芸能 春秋座特別公演」。2026年度は、琉球舞踊に加え、「沖縄芝居」四大歌劇の一つ『奥山の牡丹』を上演します。
今回は本作で主役・チラーを演じる伊良波さゆきさんにインタビュー。作者・伊良波尹吉(いらはいんきち、1886-1951)の孫であり、沖縄芝居の振興に尽力してきたさゆきさんに、作品への思いやチラーという人物の魅力、心に残る歌曲の聴きどころなどを伺いました。
一生『奥山の牡丹』をやっていたい

伊良波さゆきさん
Q:これまでご覧になった『奥山の牡丹』の舞台の思い出や、この作品に出演された体験についてお聞かせください。
A:『奥山の牡丹』は大きな公演で、折にふれて、上演される作品です。子どもの頃からみていて、その華やかさが記憶に残っています。あの時の公演、この時の公演という感じでいっぱい思い出があります。自身としては、初めて大人役をやった作品なんです。演じたのは『奥山の牡丹』の後半に出てくる「真玉津(まだまち)」という役。
ずっと子役でやっていたところ、初めて大人の役をさせてもらったのがこの作品で。父の伊良波晃(1935-1996)も役者をしていまして、父との最後の公演になってしまったという、ちょっと悲しい思い出もあります。それでも、初めて大人役をやったというのが一番の思い出ですね。
Q:真玉津がさゆきさんで、お父様の晃さんはどの役を演じられたのですか。
A:真玉津の父の役をやって、その5か月後に他界してしまったので、本当に最後の共演です。父は60歳を少し越えたところで若くして亡くなってしまったんですけれども、私が大人の役をやるのを見届けて逝くことができました。『奥山の牡丹』はそういう思い出がある作品です。
Q:作者の伊良波尹吉にとって、また役者であるさゆきさんにとって、『奥山の牡丹』はどのような作品でしょうか。
A:先程お話しした思い出もある一方で、 20代の最後に主役の「チラー」にチャレンジして、その時に、やっぱり一番好きな作品だなと認識しました。沖縄芝居には四大歌劇というのもありますし、他にも上演しきれないぐらいたくさん作品はありますが、その全部の作品をひっくるめても、一番好きな作品だなと思っています。実は、一年中この作品ばかりやっていたいぐらい大好きです。チラーの役じゃなくても、どの役でもうれしいし、みるのも本当に大好きで、一生『奥山の牡丹』だけやっていたいぐらい大好きなんです。今回初めて京都に行くにあたって、この作品を選んでいただいて本当に嬉しいなと思っています。
祖父の伊良波尹吉は、私が生まれる何十年も前に他界していまして、もちろん会ったことはなくて。今生きていたとしたら140歳で、年代も相当上です。正直おじいちゃんというよりは、本でみるような、歴史上の人物という感覚です。
尹吉にとっても『奥山の牡丹』が特別な作品だっただろうと思います。この作品は前編・後編で構成されていますが、前編を上演して、当たったら後編も上演という仕掛けだったようです。後編で登場する「山戸(やまとぅー)」を、初演では尹吉が演じていて、それだけ本人にとっても勝負の作品だったのではないでしょうか。
前後編で作るお芝居というのはあまりなくて。この作品は大正3年(1914)に作られていますが、結構力を入れて上演したのではないかなと思っていますね。
チラーという人、「身を引く愛」のかたち
Q:作品の中に出てくる歌で、とても印象的な歌があります。
糸目から針目 ふけるとも我身の のよで思里が 御腰引きゆが
(針の穴をくぐるような辛苦の中でも、どうして愛しいあなたの誇りを汚しましょうか)
誰頼て咲きやが 奥山の牡丹 人の通わさぬ 所なかい
(誰を頼りに咲いたのか、奥山の牡丹 人知れずこのような山奥に)
こちらをどのように解釈して演じていらっしゃいますか。
A:「糸目から…」は古い歌で、作者の伊良波尹吉が『奥山の牡丹』を作るずっと前からある歌なんです。尹吉が作った歌ではないんですね。*それをモチーフに組み立てていくというところも、作品を作る手腕がすごいなと思うところです。
*「誰頼て咲きやが 奥山の牡丹 人の通わさぬ 所なかい」については尹吉の創作。
チラーの性格を非常に表している歌だなと思っています。チラーという人は、自分の身分のせいで愛する人や息子に迷惑をかけてはいけない、邪魔をしてはいけないと、一人山奥に引っ込みます。それってすごく芯の強い人間じゃなきゃできないことで、その芯の強さを表す歌だなと思います。この歌は劇中、人を替えて6回歌われます。
まず前編では、私が演じるチラーが序幕で1回、地謡が『謝敷節(じゃじちぶし)』に乗せて1回、大詰でチラーが1回、地謡が1回。後編では息子の山戸が2回、という風に合計6回登場して、一種のテーマソングのような形になっています。
作品を通して、母の愛や、愛する人から身を引くという愛の表現をこの歌が表しているなあと思っていて。そんな歌がしっくりくるような役作りをいつも考えています。本当に切ない歌だなあと感じながら歌っています。

三良に赤ん坊の山戸を託し、一人身を引くチラー。ここでも「謝敷節」が哀切に流れる
Q:今回公演チラシを作るにあたって、魅力的なキャッチコピーはどうしたらよいのか検討しましたが、「誰頼て咲きやが…」の歌が、内容も含めてとても印象的で、使わせていただくことにいたしました。
A:本当に素敵なチラシで、ありがとうございます。
Q:この作品で、チラーという人物を通して描かれている「こころ」を、どのように受け止めていらっしゃいますか。演じる上での心がけについて、お聞かせください。
A:先程の歌のくだりとも、ちょっと通じますけれども、やはり強い人だなと。自立した強さがある女性だなと思っていまして、その芯の強さを描けるように、というのをいつも心がけています。
今のお客様は、様式だけではなくて、ドラマや心理表現みたいなちょっと難しいところも求めています。
前編では恋人に対する愛情を、後編では子どもに対する思いを主軸にしています。側にいることで示す愛情ではなく、離れていることや身を引くことで伝わる愛を、一貫して表現できるよう、いつも心がけて演じています。
歌で紡がれる物語―『奥山の牡丹』の聴きどころ
Q:『奥山の牡丹』は劇中の歌曲が魅力的です。改めてこの作品の歌曲の魅力、それから聞きどころについてお聞かせください。
A:一番好きな作品なので、聞きどころだらけだと自分では思っています。
一番初めの「糸目から針目…」とツラネを言った後に、同じツラネを地謡さんが歌って、三良(さんでー*)とチラーの別れの表現という風になるんですけれども、『謝敷節』という地謡さんが歌うところ、ここはもう本当にテーマソングのような位置づけで私は捉えているんです。もちろんチラーと三良のやりとりそのものも聞きどころではありますけれども、いきなり別れる場面で、そこをドラマチックに演出してくれる『謝敷節』はぜひ聞いてほしいところですね。

冒頭に訪れる、チラーと三良の切ない別れの場面
その後に踊りの場面があって、古典舞踊の『高平良萬歳(たかでーらまんざい)』がそのまま移植されていますが、ここも音曲の魅力かなと思います。
沖縄芝居では、主人公と相手役が歌うやりとりで通常3分ぐらいで終わることが多いのですが、序盤のチラーと三良のやりとりは12分くらい、終盤のチラーと山戸のやりとりは、15分ぐらい歌っているんです。歌を聴かせるように、お客さんが飽きないように、歌唱をしっかりしなきゃいけないというのがいつもあります。そこも聞いてほしいですね。
後編にも聞きどころがいっぱいあります。まずは父・三良と息子・山戸の場面ですね。結果的に、三良が独身を貫いたというところが、なんというか、心打つポイントかなと思っているんですけれども、父と息子が二人きりで会話をする時の曲が少し悲しげな雰囲気を帯びています。これは『がまく小節(がまくぐゎーぶし)』という曲で、他の四大歌劇にもよく出てきます。ここから母・チラーを探す旅が始まるというところで、こちらも聞きどころかなと思っています。
そして、一番最後の親子の歌ですね。チラーと山戸がお互いが親子だと分からずに歌うところ。これは『下千鳥節(さぎちぢゅやー)』という歌で、いろいろな作品に登場する、割と定番の曲ですが、『奥山の牡丹』でしか用いられない歌い方が伝承されています。
伊良波尹吉が『奥山の牡丹』初演で山戸を演じた時に、そういう風にアレンジをして歌ったという話が残っていて、私たちはそれを受け継いでいます。初演の時に三良を演じられた平良良勝(1893-1979)先生が「伊良波尹吉はこういう風に歌っていたんだよ」とうちの父に教えて。その父から私たちは習いました。
尹吉の歌ったであろう旋律、メロディーがそのまま残っているということで、とても大事にしています。他の作品で『下千鳥節』を歌う時は定番の歌い方で、『奥山の牡丹』はこの作品だけの歌い方で歌われるので、ご存じの方はピンとくると思います。
*男性名の「三良」は、身分階層によって発音が異なり、農民層では「さんだー」、士族層では「さんでー」と読まれる。
Q:この作品の歌唱において、気をつけていらっしゃることは何ですか。
A:悲劇なので、私はすぐ泣いちゃうところがあって、泣きすぎると喉が閉まって、歌が歌じゃなくなってしまいます。泣きの表現ではあっても、きちんと歌になるようにというのを気をつけています。あとは、本当に一つ一つの場面が長く、歌っている分量も長いので、声が持つように、しっかりと声が枯れないように、きちんと歌うというのを心がけています。
Q:後編でチラーが身に着けている白衣装(しるぢん)についてお聞かせください。

白衣装に身を包むチラー
A:白衣装には、いろんな意味合いがあります。チラーの場合、祈りを捧げる、神に仕える人になったということを示しています。身分の高い人であれば、出家をして剃髪しますが、チラーはとても身分が低いので、おそらくお寺に入るということが出来なかったのではないでしょうか。だから山奥に引っ込んで、白い衣装を着て祈りを捧げる毎日を送るという表現になっているのだと思います。現世を捨てた、世俗世界を捨てたという表現と受け取って演じています。
Q:罪人の役でも白を着る場合があるそうですが、チラーが罪を犯した人間であるというところも白装束に関わるのでしょうか?
A:その視点はありませんでした。
結果的に捕らえられることはなかったわけですが、山に身を隠し、石碑に向かってひたすら祈る場面では、息子の出世や恋人だった三良の幸せを願う気持ちで演じるように習ってきました。
チラーが罪を犯した人間であることを踏まえて、今後は殺してしまった人への罪の意識というのもプラスして演じてみようかなと思います。
山奥にこもる、つまり誰とも接することなく、世捨て人のような形になっていますが、自分が誰かと関わることで、大事な家族に自分の血が流れていることが世間にばれないようにという思いも強く感じます。それだけチラーの身分が低いということが分かる出来事かなとも思っています。
山奥といえば、タイトルにも「奥山」という言葉が入っています。
実はこのタイトルで不思議に思っていることがあります。先程前編、後編にわけて発表されたとお話ししましたが、最初からタイトルは『奥山の牡丹』なんです。前編には奥山も牡丹も全く出てこないのに。本当に後編ありきの前編だったんだなと感じています。
沖縄では自生していないにも関わらず、牡丹の花を選んだのはなぜなのかなと。
一輪一輪が美しい、牡丹の花を舞台の象徴として選ぼうと思ったのではないかなと考えています。
Q:続いて、京都での上演に向けてお話を伺ってまいります。これまでどのくらい県外公演にご出演されていますか?今回の春秋座との違いなどあれば、お聞かせください。
A:実は県外公演の経験があまりなくて、去年の横浜能楽堂の主催公演が初めてです。能楽堂が修復中で、横浜市鶴見公会堂が会場になったので、能楽堂で出来ない種類の芸能をやろうとなったみたいです。沖縄芝居を呼んでいただいて、『泊阿嘉(とぅまいあーかー)』をそこで演じました。それから、今年の1月に長野市の北野文芸座で歌劇をやって。県外公演は、その2回ぐらいですね。
沖縄芝居の公演が県外で上演されるということ自体が本当にまれです。舞踊公演の中に15~20分程度の短めの作品を上演するということはたまにありますが、それは舞踊の方が舞踊公演の中で上演することが多くて。
1時間以上の作品が県外で上演されるというのがなかなかなくて、今回の春秋座で私は3回目です。1回、ロサンゼルスで歌劇をやったことがありますが、その海外公演に加えて横浜、長野の2回だけですね。
県外の方がどのように受け入れてくださるのか、すごく怖いところではあります。
言葉を越えて伝わる沖縄芝居の魅力―京都公演に向けて
Q:沖縄方言(うちなーぐち)を知らない観客が沖縄芝居を楽しむための工夫やコツについて、お考えをお聞かせください。
A:とても難しい質問です。親が役者をやっていた関係で、物心つく頃からお芝居をみてきたので、分からないという感覚が分からないというか。そういう質問を受けると、いつもどう答えたらいいんだろうと思っていました。
最近発声の勉強をする延長でオペラにはまっていまして、YouTubeに上がっている海外の公演動画など、字幕のないものを選んでみているんですね。そこで私の心にひっかかるもの、響くものは、やはり音楽なんです。そして言葉がわからなくても、登場人物の関係性は動きであったり、表情であったり、所作でわかります。
それってうちなーぐちを聞き取れない方が沖縄芝居を楽しむことにも通じるかもしれません。
まずは音楽。三線(さんしん)等の楽器の音であったり、地謡さんや役者さんが歌う沖縄の歌であったり、言葉がわからなくても、音楽として聴いていただく。そして、他のジャンルではやらないような沖縄芝居の所作、琉球舞踊が下敷きになっていますが、この独特な動きを楽しんでいただいて、言葉の意味というのは、その後でいいかなと思っています。
字幕や解説なしでオペラの動画をみた後、WEBを検索して場面の細かい意味がわかることも楽しいと私は感じていて、うちなーぐちをご存じない方にも、そういう風に楽しんでいただけたらなと。
うちなーぐちがわからなくても劇場に来てくださっている時点で、とても興味を持ってくださっていると思います。私たちが演じる時に大事にしている沖縄らしさ、沖縄の芝居にしかないところを楽しんでいただけたらうれしいです。
後は舞踊があります。舞踊はどこの舞踊でも、言葉が分からなくても動きを楽しむことが出来ます。沖縄の舞踊もそういう風にして楽しんでいただけたらなと思います。
Q:最後に、京都公演を楽しみに待っている観客へのメッセージをお願いします。
A:沖縄でしか出来ない、沖縄で生まれ育った芸能が、海を渡って京都の舞台に上がります。京都とは全く違った空気感を、楽しみにいらしてほしいです。みに来て良かったなと思っていただけるように、役者一同頑張ります。
本インタビューは、研究成果発表としてJSPS科研費(課題番号:26K03641)の助成を受けたものです。