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東京・シアターX(カイ)+演劇集団マウス・オン・ファイア共同制作 サミュエル・ベケット作『ゴドーを待ちながら』 英語上演日本語字幕付

20世紀を代表する劇作家・小説家のひとり、サミュエル・ベケットの代表作を、
ベケット自身の演出プランで上演

演出:カハル・クインCathal Quinn
制作:メリッサ・ノラン Melissa Nolan

字幕 堀真理子
舞台監督 川前英典
照明技術 西村竜也
企画製作 シアターX(カイ)
芸術監督/プロデューサー 上田美佐子

東京・シアターX(カイ)+演劇集団マウス・オン・ファイア共同製作
2017年日本・アイルランド外交関係樹立60周年

平成29年 文化庁 劇場・音楽堂等活性化事業


マウス・オン・ファイア
アイルランド出身の作家「サミュエル・ベケットの作品を上演する」ため、2010年アイルランドのダブリンで カハル・クイン(ダブリン・トリニティカレッジ講師/芸術監督) と メリッサ・ノラン(女優/プロデューサー)が演劇集団として結成。意欲的なベテラン俳優たちが作品ごとに参加するプロジェクトで、従来の型にとらわれないレベルの高い活動を行っている。晩年にベケットが残した演出ノートを丹念に読み、ベケット演劇の本質を研究、敬意を払いながらベケットの問題提起したものの意図を創造的にまさぐる舞台づくりに挑戦している。ほかにもアイルランド出身の作家であるW.B.イェイツなどの舞台づくりなども。東京シアターXカイには2013年以後毎年来日、『行ったり来たり』『ロッカバイ』『プレイ』『クラップ最後のテープ』など短編を上演。5年目の今年、初めてシアターXとの共同製作による『ゴドーを待ちながら』に取り組む。
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これまでのベケット作品上演写真

サミュエル・ベケット(1906-1989)
アイルランド生まれの小説家、劇作家、詩人。1920年代の後半と1937年以降は、大戦中を除いてほとんどパリで暮らした。『ユリシーズ』や『フィネガンズ・ウェイク』によって現代文学を革新したジェイムズ・ジョイスの助手を務め、作品は英語とフランス語の両方で執筆。第2次世界大戦中はフランスのレジスタンス運動に参加し、終戦後に執筆活動を再開する。1950年代に3部作の小説『モロイ』『マロウンは死ぬ』『名づけえぬもの』を上梓。1952年に、3部作執筆中の「気散じ」として書いたという戯曲『ゴドーを待ちながら』を発表する。翌年上演されて大成功し、文学・演劇界における地位を確立。1969年にはノーベル文学賞を受賞した。どの作品においても、誕生と死の間に宙吊りにされた人間の実存を主題としているが、その死生観は、悲惨な戦争体験によって形成されたといわれる。1989年、冷戦構造が崩壊したのと同じ年に死去。

『ゴドーを待ちながら』の速度
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 アイルランドの劇団「マウス・オン・ファイア」が上演する『ゴドーを待ちながら』の上演を見て、いちばん印象に残ったのはその速度だった。

 今回の上演は、1 幕と 2 幕とを合わせておよそ 115 分。英語での上演であり、ベケット自身の上演においてもいくつものカットやセリフの変更が加えられているというから単純な比較こそできないものの、白水社から出版されている安藤信也・高橋康也訳の『ゴドーを待ちながら』はページ数 169 ページ。つまり、それは俳優たちはとても速いテンポでセリフを語ることを意味する。

 例えば、何度もリフレインされる

エストラゴン もう行こう。
ウラジーミル だめだよ。
エストラゴン なぜさ?
ウラジーミル ゴドーを待つんだ。
エストラゴン ああそうか。

という聞かせどころのセリフも、淀みなくポンポンと発話されていく。そのセリフのやりとりには、叙情性やある種のウェットさが入り込む余地はなく、「軽快」であり「健康的」とすらいえる印象を抱く。そういえば、若き日のベケットもまたクリケット、ラグビー、テニスなどに打ち込んだ「健康的」な人間だった。

 「ベケット自身の演出プランで上演」と謳われている今回の『ゴドーを待ちながら』。舞台上には、ト書きに指定された「一本の木」だけでなく、腰掛けられる大きさの岩が置かれているが、これはベケットが 73 年、当時西ベルリンのシラー劇場で行った演出を踏襲したもの。木の形がベケットのそれとは異なったり、カーテンコールが行われるといった点はベケット演出とは異なるが、ベケットが使用した英語テキストを用い、上手奥に木が、下手前に岩が置かれた配置など、概ねベケット演出を踏まえている。ベケット研究者のルビー・コーンによれば、シラー劇場でのドイツ語上演は、1 幕が 70 分、2 幕が 55 分だったというから、それに比較すると今回の上演のテンポはやや早まっているのかもしれないが、元のテンポにしても相当に早い。今回の上演の翻訳を務めた堀真理子による『改訂を重ねる『ゴドーを待ちながら』 演出家としてのベケット』(藤原書店)によれば、「ベケットの演出では、声の出し方からせりふの言い方、その速さに加え、動きや身振り、間の取り方まで厳しい要求をした」という。

 なぜ、演出家ベケットは、『ゴドーを待ちながら』に、この速度を求めたのだろうか?

 ポンポンと軽快に進んでいく登場人物たちのやり取りは、度々、ト書きに「沈黙」と書かれる突如とした停止によって切断される。軽快なテンポのやりとりの会話が突如として止まった時、あたかも慣性の法則のように、ウラジーミルやエストラゴンといった登場人物だけでなく観客もまた、その沈黙の中に投げ出される。まるで、物質のようにクリアではっきりとした沈黙にいたたまれなくなった次の瞬間、彼らはまた何事もなかったかのように動き出す。おしゃべりに興じている限り、登場人物だけでなく観客たちもまたその沈黙から目をそらすことができる。劇場に集うすべての人間は、軽快なやり取りを通じて「健やか」にその沈黙をやり過ごしているのだ。

 かつて、『ゴドーを待ちながら』とは何を表現しているのか? と問われたベケットは、「共生だよ」と答えたことがある(『サミュエル・ベケット証言録』白水社)。私たちは、劇場において、あるいは日常においてもまた、「沈黙」の上に共生している。ベケットの求めたテンポとは、私たちをその沈黙に放り出すための助走のようなものだろう。そうして、描かれる「沈黙」には、恐ろしいほどの深さとくっきりとした輪郭が与えられている。

※引用したセリフは安藤信也・高橋康也訳であり、今回の上演で字幕として投影されるものとは異なっている。

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萩原雄太(かもめマシーン)

1983 年生まれ、茨城県出身。演出家・劇作家・フリーライター。早稲田大学在学中より演劇活動
を開始。愛知県文化振興事業団が主催する『第 13 回 AAF 戯曲賞』、「利賀演劇人コンクール
2016」優秀演出家賞、浅草キッド『本業』読書感想文コンクール優秀賞。