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マラルメ・プロジェクトIII 『イジチュール』の夜へ ―「エロディアード」/「半獣神」の舞台から―

詩の言葉に潜在している劇的な力を引き出し、
音響や映像、ダンスと組み合わせて、
21世紀型の新たなパフォ-マンスの姿を探る。

企   画:浅田彰、渡邊守章
構成・演出:渡邊守章
朗   読:渡邊守章、浅田彰
音楽・音響:坂本龍一
映像・美術:高谷史郎
ダ ン ス:白井剛、寺田みさこ

「マラルメ・プロジェクトIII」に向かって

浅田彰

ステファヌ・マラルメといえば、密室にこもって純粋な詩を書いた孤高の詩人というイメージが強い。しかし、若き日のマラルメは舞台上演を目的とする作品を試みており、その企図が挫折して現実の劇場から拒否されるにもかかわらず、実現されなかった舞台の夢は、一見きわめて抽象的に見えるマラルメの詩文の中に、いわばヴァーチュアルなドラマとして転生するに至ったとも言えよう。「マラルメ・プロジェクト」は、マラルメの詩文からそのようなドラマを取り出し、マルチメディア・パフォーマンスとして現代の舞台の上に立ち上がらせる試みである。
そもそも、孤高の詩人と言われるマラルメのサロンは、数多くの文学者はもとより、マネからルドンに至る画家、あるいはドビュッシーのような作曲家の集う、ジャンルを超えた交流の場だった。今年生誕150年を迎えるそのドビュッシーが、マラルメの『半獣神の午後』への「前奏曲」(1894年初演)を作曲したことは、よく知られている。そして、いまから100年前の1912年には、ロシア・バレエ団のニジンスキーがこの曲を取り上げて踊り、スキャンダルを巻き起こしたのだった。「マラルメ・プロジェクト」は、その100年後にまったく新しい角度からマラルメを21世紀の舞台に召喚する試みと言ってもよい。

2010年の「マラルメ・プロジェクトI」(MP1)では、『エロディアード――舞台』と『半獣神の午後』を取り上げ、朗読を音響と映像が彩る形の上演を試みた。
2011年の「マラルメ・プロジェクトII」(MP2)では、『イジチュール』を取り上げ、舞台を立体化し、ダンサーのパフォーマンスも導入して、あくまで朗読を主としながら、いっそうドラマティックな形の上演を試みた。
今年2012年の「マラルメ・プロジェクトIII」(MP3)は、それらの総合を試みる。

MP2では、プロローグで、マラルメを襲った「詩を書くことの不可能性」をめぐる内的な危機に言及したが、そこには、舞台上演を目的として書き始めた『エロディアード』や『半獣神の午後』が完成できない、あるいは完成しても劇場から拒否されるという具体的な危機も影を落としている。
MP3では、プロローグを膨らませてそうした事情にまで説き及び、マラルメのテクスト(『エロディアード』の「古き舞台的習作の断片」と「古序曲」、そして『半獣神幕間劇』など)を引用するところでは、ダンサーによるワークショップのような形で、マラルメの想像していたであろう舞台の断片を別様に甦らせる。
つまり、MP3のプロローグは、マラルメをめぐるレクチャーがそのままパフォーマンスになるという、新しい舞台上演形式の実験なのだ。

ついで、MP2を踏まえ、『イジチュール』が朗読と音響・映像、そしてダンスを組み合わせた形で上演される。そこでは、『イジチュール』のテクストを生かしながら、まず全体の劇的展開があらかじめ劇中劇のような形で予示され、ついでその中のいくつかの場面が詳しく展開される。さらに、終盤には、『エロディアード――舞台』の一節、そして、極北の北斗七星にいたる『ptyx のソネ』も引用され、後者によるパ・ド・ドゥをもって『イジチュール』全篇が締めくくられる。
書物のページが舞台となる、言葉の断片がぶつかりあって星座を形成する、といったマラルメのヴィジョンが、マルチメディア的な「書物」=「舞台」として(また「時計」として)の回転スクリーン、無数の星屑が文字を形成しては散逸していくかのような「字幕」によって実現される。(つまり、ここでの「字幕」はたんなる意味内容の翻訳ではなく、それ自体グラフィックな要素として鑑賞されるべきものだ。)

そして、「イジチュールの夜」が北斗七星まで到達して締めくくられたあと、MP3の終幕では、ふたたび『半獣神の午後』に戻り、詩人がこの作品で歌う明るく官能的なシチリアの午後を、舞台上に幻影として立ち上がらせる――実現されなかった舞台の夢が詩文そのものの中に潜在的に書き込まれていることを示すために。
MP1と同じく、朗読が主となり、音響と映像がそれを彩ってゆくのだが、今回は、映像にダンサーの身体を重ね、19世紀後半の近代絵画に描かれた水浴図――古代ギリシアの岸辺の幻影と重なる――を現代化したかのような効果を添える。

なお、MP1に関連しては渡邊守章・松浦寿輝・浅田彰の鼎談が『早稲田文学π』に、MP2に関連しては台本や批評が『舞台芸術』vol.16に掲載されている。

 

製作・主催:京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター

共催:京都造形芸術大学大学院、京都造形芸術大学 比較藝術学研究センター


公演アーカイブ

舞台写真
撮影:清水俊洋 SHIMIZU Toshihiro ©京都芸術大学舞台芸術研究センター
撮影日:2012年7月21日
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