テーマ研究Ⅰ「近代日本語における〈声〉と〈語り〉」 第1回 日本の伝統演劇における〈語り〉1:狂言の場合
「近代日本語における〈声〉と〈語り〉」を論じるには、その前史というか、前提となる文化的記憶と言うべき「日本の伝統芸能における〈語り〉」の構造と作用を見ておかねばなりません。
そこで、まずは「日本の伝統演劇における〈語り〉」について見ておくために、第一回と第三回を、「伝統演劇」にあてました。
まず第一回目は、現代の狂言を代表する人間国宝の和泉流野村万作師をお招きして、狂言における「語り」の代表的な演目を実演していただきました。というのも、狂言は、日本の伝統演劇においては、ほとんど例外的と言ってよいほど、「台詞劇」として洗練されたジャンルですが、その「台詞」は、単に日常的な会話の再現ではなく、時として「呪術的な」異形の姿をとる事があります。
そのような「語りの演技」の典型として、大曲『釣狐』の前段に置かれた「古狐が化けた白蔵主(はくぞうす)」が、狐を獲る甥の猟師に、「九尾の狐」の故事を語って、狐の恐るべきことを説き聞かせる「白蔵主の語り」を、面や装束は着けない形で演じていただきました。
狂言の世界では、「猿に始まり狐に終わる」と言われるように、『釣狐』は、最も重い曲とされていますが、それは、「語り」のもつ「呪力」への畏怖の念が、演者に伝えられているからでしょう。
この回では、能の『屋島』の「間(あい)」として語られる「奈須与市語 (なすのよいちのかたり)」も取り上げましたが、それは「語り」の原点とも言うべき「戦(いくさ)物語」である〈平曲〉の主題『平家物語』を素材にしているからです。この「語り」は、前回の春秋座能狂言「東西狂言華の競演」の舞台で、万作先生ご自身に語っていただきましたから、ご覧になった方も多いと思いますが、伝統演劇における伝承の実態にも立ち会っていただきたいと思い、今回は万作先生のお弟子に語っていただきました。
演目:
『釣狐』(「語り」)野村万作/『奈須与市語』深田博治
トーク:
野村万作、渡邊守章
ゲスト講師:
野村万作(人間国宝・和泉流狂言方)
出演:
野村万作/深田博治
モデレーター:
渡邊守章(演出家・京都造形芸術大学舞台芸術研究センター所長)
野村万作
和泉流狂言方。一九三一年生まれ。重要無形文化財各個指定保持者(人間国宝)。祖父故初世野村萬斎及び父故六世野村万蔵に師事。早稲田大学文学部卒業。「万作の会」主宰。狂言の秘曲である『釣狐』の演技で芸術祭大賞を受賞した他、紀伊國屋演劇賞、日本芸術院賞、紫綬褒章、坪内逍遥大賞、朝日賞、旭日小綬賞等多くの受賞歴を持つ。国内外で狂言普及に貢献し、ハワイ大・ワシントン大では客員教授を務める。古典はもとより新しい試みにもしばしば取り組み、代表作に『月に憑かれたピエロ』『子午線の祀り』『秋江』『法螺侍』等がある。著書に『太郎冠者を生きる』『狂言三人三様・野村万作の巻』。渡邊守章演出作品では、「冥の会」の『アガメムノーン』『メーデーア』等に出演。
深田博治
野村万作に師事。国立能楽堂・能楽三役第四期研修修了。能楽協会会員。
94年『魚説法』シテで初舞台。『奈須与市語』『三番叟』『釣狐』を既に披く。
「万作の会」の演者の一人として国内外の公演に出演、実直な演技を見せている。
06年に発足した一門の若手研鑽会「狂言ざゞん座」同人。一門の若手を引っ張るリーダー的存在でもある。朝日カルチャーセンター狂言クラス、また共立女子大学・東京女子大学・早稲田大学の各狂言サークルを指導。2012年より出身地・大分県で「狂言やっとな会」を主宰。
渡邊守章
一九三三年生まれ。東京大学教授、放送大学副学長、パリ第三大学客員教授等を経て東京大学名誉教授、京都造形芸術大学舞台芸術研究センター所長・教授。専攻は仏文学・表象文化論。演出家。演劇企画「空中庭園」主宰。著書に『ポール・クローデル―劇的想像力の世界』『虚構の身体』等。訳書に、ラシーヌ『フェードル アンドロマック』、ジュネ『女中たち バルコン』、クローデル『繻子の靴』( 上・下、毎日出版文化賞、日本翻訳文化賞、小西財団日仏翻訳文学賞受賞)、バルト『ラシーヌ論』( 読売文学賞受賞)等。演出作品に、ラシーヌ『悲劇フェードル』(芸術祭優秀作品賞)、クローデル『真昼に分かつ』、ジュネ『女中たち』(読売演劇賞)、泉鏡花『天守物語』等。日本の伝統演劇にも詳しく、能ジャンクション『葵上』『當麻』を、またクローデルの詩による創作能『内濠十二景、あるいは《二重の影》』『薔薇の名―長谷寺の牡丹』を作・演出。