本研究では、「多声的(ポリフォニー)」をキーワードに、創作プロセスと作品の構造を探求します。「多声」とは、個々人の差異をそれぞれ自立的なものとして扱いながら、その水平的な持続と垂直的な結合によって、他者の声と融合することなく、呼応関係によって新たな局面を浮かび上がらせる試みをここでは指します。一般的に音楽(主に作曲)で使用されるこの理論を演劇の創作プロセスと作品創作ための枠組みへと拡張させ、応用していくことを目指します。
まず、前例のない規模で国際社会に揺らぎと混迷をもたらしたパンデミックをはじめ、「危機との共生」という難題が立て続き、断片的な情報や主流価値観を無省察に同調する危うさがつきまとう今日において、本研究は「顔の見える関係構築※」を要求する協働的な演劇創作を人の思考と対話を促す装置だと捉えています。(※「顔の見える関係構築」とは、人と人が対面するという意味合いではなく、SNSの匿名性に対して、特定することのできる他者と触れ合うことを指しています。)
他方、演劇やダンスの分野における集団的な行為に目を向けてみると、創作のシステムが主に演出家や振付家の絶対的な権力を強めてきたなか、それらの権威性が解体され、思考とダイアローグを通じた創造に新たな地平が開かれてきました。特定のリーダーを持たない「フラット」な創作が、個々人の考えを反映し、協働的なプロセスを優先させる一方、作家の署名性が集団の複数性に代えられて「作品のクオリティーを担保する責任者の不在」というジレンマを内包するなど、集団創作が抱え込む様々な側面も看過できません。
本研究では、「作品の作り方」が現場にごとに委ねられてきたことで、多様な創作プロセスが生み出されてきた背景を考慮しながら、脱中心化した演劇の集団創作におけるこの多面性に焦点をあてて研究・考察を行うものです。本研究の意義は、創作活動をリサーチから始めることで、集団で「何を作るか」だけでなく、集団で「いかに作るか」といった問題から自覚的に取り組んで創作に向かうことにあります。
【研究メンバー】
松尾 加奈(マツオ カナ) 東京藝術大学教育研究助手
楊 淳婷 (ヤン チュンティン)東京藝術大学特任助教
【年間スケジュール】
2021年
4-5月
:研究会の実施…事例研究「東京で(国)境をこえる」(プロジェクトディレクター矢野靖人)
:対話型ワークショップ実施の準備
6月
:対話型ワークショップの実施(仮)*延期調整中
:カルチュラルスタディーズ学会での発表(金沢)とその振り返り
7月
:研究会の実施
8-10月
:ドラマトゥルクへのインタビューの実施
12月-2022年2月
:リサーチ内容の整理/編集、まとめ
3月
:プレゼン報告会への参加
大学開学30周年記念・劇場20周年記念企画