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琉球舞踊の華 組踊

2012年6月9日に春秋座で行われる「組踊」公演を前に人間国宝の歌三線奏者・西江喜春(にしえ・きしゅん)さんと国立劇場プロデューサーで、日本の民俗芸能を始め琉球芸能に造詣の深い茂木仁史先生に、組踊の魅力について当公演を企画した田口章子教授(京都造形芸術大学)が伺いました。

西江喜春  歌・三線奏者。人間国宝。華やかな音色が特徴的な安冨祖流で、しっとりと艶やかな声は、飴色の歌声と絶賛される。もと沖縄県立芸術大学教授で、多くの後進を育成。
茂木仁史  国立劇場プロデューサー。歌舞伎をはじめ民俗芸能、雅楽、声明公演の企画・制作・演出を手がける。国立能楽堂の企画制作を経て、現在は国立演芸場で演芸のプロデュースを行なう。著書に平凡社新書「入門日本の太鼓」(イタリアでも翻訳・出版)他。

 

中国からの使者をもてなした芸能

田口  組踊は、唱え(セリフ)と音楽・所作・踊りにより構成される、琉球国の宮廷で生まれた伝統音楽劇ですね。2010年にはユネスコ無形文化遺産に登録されましたが、まだまだ皆様に馴染みがない芸能だと思いますので、組踊とはどういうものなのかご説明いただけますでしょうか。

茂木  組踊は元々、 冠船芸能 といわれ、中国の冊封使(さくほうし・さっぽうし)による新国王任命式という公式なセレモニーの後に演じられたものです。ですから悲劇や残酷なシーンで終わるということは許されません。式典が無事に終わり、新しい世も素晴らしい世になりますように…という願いを込めて上演されます。ですからハッピーエンドになるのが特徴です。
演目は古典から創作まで60ぐらいあって、初期は能取物(のうとりもの=能・狂言の曲目を原作とした作品)が多く、後になってオリジナルが増えていきます。ですが7割ぐらいは仇討物なんです。

田口  仇討ちをして最後はハッピーになるのですね。

茂木  そうです。宮中で上演されてきたので非常に洗練されていますし、その芸術性の高さや、ゆったりと演じられる心地良さを味わってほしいですね。そして能や歌舞伎の影響も受けていますが、そのどちらとも違うところを見てもらいたいです。

田口    琉球王朝時代、芸能は士族が行っていたそうですね。

西江    首里城に仕えるには武術、学問、芸能の3拍子揃わないとダメなんです。

田口  すると、組踊を創った 玉城朝薫 という人もやはりそうだったのですね。

西江  そうですね。この方は早く親を亡くしてお爺さんに育てられ、そのお爺さんも早く亡くなられたので若くして家を継ぎ、若くして踊奉行の親方になったということは、よほどの才能があったんでしょうね。
でも組踊を始めた時は「踊りがしゃべるのか!」と反感を買ったみたいですね。

田口   それまでは踊りだけだったのに、台詞が加わったからですね。

西江   でも、冊封使らも最後の方は退屈してしまうようで、朝薫も少しでもクスッと笑えるような踊りも作ったようです。
特に『醜童(しゅんだう)』は美女2人と醜女2人による踊りですが、これは、美女は己れの美しさを誇り、醜女は己の貞操を自慢して互いに譲らないというものです。醜女のお面や滑稽な動きが笑うんですよ。そのようなものまで作れるなんて、凄腕ですね。

田口  ですけれど琉球王国に踊奉行があるというのはすごいですね。日本国に芸術的分野の奉行はありませんでしたから。そういう意味では、沖縄は芸術のレベルが高いんですね。

茂木  よく、「日本の武士の床の間には刀」が、「沖縄の士族の床の間には三線が飾ってあった」と言われます。沖縄は武力ではなく外交で国を護ってきましたから、芸能も国を支える手段だったのですね。

 

優れた配役で上演する「組踊」2演目

田口  今回は『手水の縁』と『女物狂』という2本の組踊が上演されるわけですが、このような素晴らしいメンバーで上演されることは沖縄でも珍しく、かつ東京でも実現が困難という大変、値打ちのある公演ですね。

茂木  そうでね。通常の公演ですと組踊1本と何本かの舞踊という形で公演することが多いのですが、このような名作を2本まとめて、しかも、これだけ優れた配役で観られることはなかなか無いことです。

田口  演目について見どころをお教えいただけますでしょうか。

茂木  『手水の縁』はシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のように若い2人が愛し合うドラマです。今回は30歳ちょっと過ぎという若々しい2人が演じます。
『女物狂』は我が子を無くして半狂乱になって探し回る女性の苦悩を描いたドラマです。こちらは人間国宝で女形の第一人者である 宮城能鳳 先生に演じていただきます。
2つの演目の配役をガラッと変えたのは、若々しい花のある『手水の縁』を観ていただきたいのと、人間国宝となり熟達の境地にある能鳳さんならではの『女物狂』を観ていただきたいと思ったからです。

『手水の縁』は見どころが三つありまして、まずは一目惚れをして口説き落とすところ。二つ目は深夜に忍んで会いに行くところ。ここがロミオとジュリエットのような場面です。三つ目は勝手な恋愛として許されず、 女性が処刑されようとする場面です。助けに向かう恋人は、気が気でない。生きて逢いたい。最後は処刑する人達も情にほだされて逃がしてくれます。封建主義の時代に珍しい、恋愛至上主義の物語です。

『女物狂』はいわゆる 隅田川物 ですね。最初に盗人が出て来て「可愛い子をさらって高い金で売り払おう」と名乗りを上げます。そこへまんまと子供が現れ、連れ去られます。田舎へ向かう途中、寺で一夜の宿を取るのですが、子供が機転を効かせ、お坊さんに泣きついて助けてもらう。しかし自分の家も分からないような小さな子供なので、寺の子供になります。1年ほど経った頃、気が触れて彷徨っていた母親が偶然その寺に立ち寄り、子供と再会するというお話。美しい歌にのって母子が「あぁ、生きていてよかった」と抱き合うのです。この出会いの場面が感動的なんですよ。

西江  音楽的なところでいくと、昔から沖縄の人は「組踊は観に行くのではなく、聴きに行く」と言いますが、まさに『手水の縁』は、二アギ(二揚げ。調子のこと。三味線でいう二上げと同じ意味)の曲が沢山入っていて、沖縄音楽の発表の場などで必ず独唱される5曲、
干瀬節(フィシブシ)
子持節(クヮムチャ―ブシ)
散山節(サンヤマブシ)
仲風節(ナカフウブシ)
述懐節(シュッケーブシ)
全てを演奏します。中でも「仲風節」は誰でもできる曲ではなく、大変難しいんです。それから本調子の「東江節(アガリーブシ)」や「通水節 (カイミヅィブシ)」など名曲がズラリと並びます。組踊では『手水の縁』が音楽を沢山使っているので、聴きどころが沢山ありますよ。

田口  琉球の音楽を初めてちゃんと聴く方にもおすすめの演目ということですね。

 

沖縄の芸能の面白さ

田口   ところで西江先生はおいくつから三味線を始められたのですか。

西江   20歳過ぎてからです。割と遅いですね。

田口 どういうご縁で?

西江    私の田舎は伊平屋村という離島なんですが、そこでは毎年旧暦の8月15日に 十五夜 があるんですね。豊年祭といって、そこでは三線の人を一番座に置くんです。

田口    三線を弾く方は祭に置いて重要ということですね。

西江  はい。ですから三味線を習いたくて。それで就職をする前に三味線を習いたいと思ったのすが、親は仕事についてから三味線を始めろという。今は「小学校の一年生から三味線をやりなさい」と言われるので本当に羨ましいです。私達の頃はまず就職してからとういわけですからね。

茂木   沖縄は家柄とか血筋は関係なく、実力主義なんです。だから面白い。西江さんも20歳過ぎてから三線を始めて40歳ぐらいまで勤めもして、それで人間国宝になってしまうんですからすごいですね。現在、人間国宝の方は大体80歳ぐらいなんですね。だから大抜擢でしたし、誰もが認める実力の持ち主です。今回は、まさに脂が乗っている西江さんの芸を観ていただきたいと思っています。

田口   そして女形の宮城能鳳先生は本当にそこはかとなく、佇まいだけでも雰囲気を持っている方ですね。

茂木 沖縄の女形というは、なよなよしていなくて「肉に骨を付ける」という言い方をしますね。

西江 そうですね。組踊をやっている人達は、割と僕みたいにゴッツイ人が多いんですよ。それでも女形をやらなくてはいけないのですが、能鳳先生は体型からして女形ですね。

茂木 そうそう、当日は舞台脇に字幕が出るので安心して観ていただけたらと思います。

西江 言葉については今、問題になっていて。沖縄でも子供達にどう方言を伝えていくのかが問われています。国立劇場でも字幕を出さないと理解されないですからね。組踊保存会が国からの援助で各地方を回っていますが、その時も両サイドに字幕を入れるので、少しは方言が理解されるようになりました。

田口  文楽だって字幕が出る時代ですものね。字幕なしで沖縄の方で楽しむことができる方は、どのくらいいらっしゃるんですか?

西江   40歳から50歳以上だと理解はできると思いますが、字幕無しだとどうですかね。青年達が居眠りを始めるでしょうか(笑)。

田口    小・中学生に組踊を教える時は言葉も大変ですね。

西江    そうですね。琉球の音楽や踊りをやっている子は割と理解できるのですが、芸能をやっていない子供は方言を分かる状態ではないですね。

田口   それから、今回は本物の紅型幕を持ってきてくださるとか。地方公演だとレプリカということも、よくあるというお話を伺ったのですが。

茂木  背舞台の後ろにに背景として吊るされる紅型染の立派な幕で、こちら(日本)で言えば松羽目みたいな役割を果たすものです。おめでたい松竹梅と鶴亀が描かれています。

田口  まだまだお話を伺いたいところなのですが、時間が来てしまったようです。めったに観ることのできない値打ちある組踊公演で、見どころも満点です。みな様ぜひ、いらしてください。

 

 

—用語解説—

冠船芸能(かんせんげいのう)・・・琉球王府時代、琉球国王が代替わりする際、新国王任命のために中国皇帝の使者・冊封使(さくほうし)が王の冠を携えて来たことから、彼らの乗る船を「冠船」と呼び、一行を歓待する宴で演じられた芸能を冠船芸能とよんだ。

玉城朝薫(たまぐすくちょうくん) 組踊の創始者。薩摩・江戸へ複数回のぼり、能や歌舞伎に触れて造形を深め琉球の音楽をふんだんに取り入れて組踊を創作した。

宮城能鳳(みやぎのうほう) 組踊立方の人間国宝で、琉球舞踊でも国指定重要無形文化財として総合認定を受ける。幅広い役柄をこなすが、特に女方の完成された演技は高く評価される。沖縄県立芸術大学名誉教授。

隅田川物 能の「隅田川」の梅若伝説に題材をとった戯曲の総称。

十五夜 旧暦8月15日の夜、「ジューグヤ・チチウガミ」と呼ばれる月を拝む行事。前後にハチグヮチアシビ (八月遊び)と称する豊年を祝う祭りを行う。