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「大学の劇場」で経験できたこと
卒業生 吉良充生さんインタビュー

2025年3月、文芸表現学科 クリエイティブ・ライティングコースを卒業した吉良充生(きら あつき)さん。劇場でお客様をご案内するフロントスタッフ(通称SSS)でスタッフのリーダー的に公演をサポートしたり、他の劇場でのフロントスタッフ講習を補佐したりするなど活躍し、接客業での経験を積まれました。学生時代、どんなことをしていたのか。お話を伺いました。
聞き手:舞台芸術研究センター制作スタッフ

 

憧れの「おもてなし」をする仕事

― 吉良さんは4年間、京都芸術劇場の学生フロントスタッフとして働らかれましたが、学科は文芸表現学科でしたね。どのような事が学びたいと思って入学したのですか。

実は元々は、まったく別の分野に興味があったんです。でも、そもそも、その分野が自分に向いているのか悩みんだんです。それに小説を書くのも好きで、中高生の頃は、続き物の冒険小説のような小説を書いていました。ですから下手に理系にこだわって合わない分野に進むより、自分からやりたいと思えることに打ち込む方が成長できるのではと思ったんですね。
それに小説を書くのも好きで、中高生の頃はライトノベルのような小説を書いていたんです。ですから、もしかして自分に向いていない分野の大学に行って腐るより、思い切って文芸を頑張る方がいいんじゃないかと思うようになって。
それで、たまたま知ったこの分野に飛び込んできました。入学した頃はライトノベルを勉強して賞にも応募したいと思っていたのですが、勉強していくうちにどんどん純文学に傾倒し、卒業制作に至る頃にはすっかり純文学に入り込んでいました。

― そんな吉良さんが、何をきっかけにフロントスタッフのアルバイトを始めよう思ったのですか。

浪人時代、予備校で寮生活をしていた時、隣の部屋のお兄さんが大学を中退し別の大学に入るための受験勉強をしていたんですね。その方が大学についていろいろなアドバイスをくれたのですが、その中で「大学は中高と違ってクラスがないから、自分で友達を作らないと孤立するぞ」といっていたんです。それを覚えていて、入学してから友達を作るためにやれることを全てやろう、あれこれ迷わずとにかく突っ込んでいこうと思っていました。それで入学時にもらったチラシの中に「スタッフ募集」というがあったので応募したという感じです。
それに人をもてなす仕事に憧れがあったんです。コンシェルジュのように丁寧に人をもてなす仕事がかっこいいと思っていました。でもアルバイト未経験だったので、ここなら大学内で学生という立場で働けるし、フォローが手厚そうだなと思い、外でアルバイトをする手がかりになればと思いました。

― 元々、舞台芸術や劇場へ関心があったのですか。

舞台の興味自体はありました。でも自分から進んで劇場に足を運ぶことはなかったですね。高校では校外学習などで劇団四季のミュージカルなど舞台鑑賞をする機会が年1回はあって、観るのは好きだったけれど、わざわざ自分で行くほどではないという感覚でした。

― その吉良さんが入学してすぐにフロントスタッフに応募して、研修を経て業務に入るわけですが、ちょうど2021年の4月はコロナ禍真っ只中の時でしたね。劇場の運営はコロナ対応中だったので、大変だったと思うのですが、当時の事は覚えていますか。

当時、私だけではなく周りの皆さんも分からないこと、慣れてないことばかりで探り探りだった記憶があります。ですから「皆で一緒に考えながら頑張って行こうね」という雰囲気があり、先輩に教えてもらうまま、頼りっぱなしではいられなかったので、逆に頑張り甲斐があったというか、自分から動こうと思える環境だったかもしれません。
とはいえ接客時は気を遣うことが本当に多かったなと思います。マスクのこと、喋ること、消毒とか接触とか。お客さまもナイーブになられていましたから。

 

初アルバイトから講習指導係へ

― 2回生からは講習指導係をやってくれました。元々、接客やおもてなしをしたいという気持ちがあったとおっしゃっていましたが、1年で指導係まで出来るようになるのはすごいことです。どのような努力をしたのですか。

ここはとても学びやすい雰囲気や環境があって、分からないことは職員さんも先輩も細かく教えてくれますし、質問しやすい空気がありました。それに出来たことは褒めてくださるので、それが嬉しくて一つずつ出来るようになり、重要な仕事を任せてもらえるようになったということでしょうか。当時はプレッシャーにも感じましたが、新しいことを身に付ける機会をいただけたのも大きかったなと思います。
でも、この人たちに付いて行きたい! 一緒に頑張りたい! お世話になった分、自分が成長することでお返しをしたいという気持ちがあったのが一番でしょうか。

― それは嬉しいですね。

フロントスタッフとして働いていた中で発見した春秋座の面白さや魅力はありますか。


2024年度「猿翁アーカイブ 第九回フォーラム」2024年9月21日 
遠方からも多くの三代目猿之助ファンのお客様が劇場を訪れる

他の劇場を知らないので難しいですが、いいなと思うのはオープンでフレンドリーな空気ですね。常連のお客さまも多くて、毎年やっている公演だと、お客さま同士がおそらく1年ぶりに再会されるので、休憩時間に談笑されたりしているんです。そういう姿を見ると開かれた場を提供してる劇場だなと感じます。

― お客さんとして劇場に来たことはありますか。

一応、1回だけあります(笑)。『更地』(2021年)という公演のフロントスタッフの申し込み期限を忘れて、スタッフに入り損ねたんです。そうしたら友人が「一緒に行く予定だった人がこれなくなったから誰か行かない?」といってたので、これは必然だな。と思って行ってみました。

― どうでした?

不思議な感じはしますね。いつも自分がスタッフをしている場所にお客さんとして座っていて、さらに接客してくれるスタッフの顔を知っているというのは。でも普段、スタッフとして立っている時は緊張した状態でいるので、お客さまに居心地の良い空間を提供できているか、というのはあまり深く考えたことがなかったんです。それがお客さんになってみて、少なくとも自分は楽しく、落ち着いて過ごせたので、それが自信というか、安心材料になりました。

― それは後輩や周りの人にも伝えたいですね。

 

おもてなしをする面白さ

― 先日、2024年4月にオープンした新しい劇場「しまんとぴあ(四万十市総合文化センター)」で、春秋座で行っているフロントスタッフ講習を行う企画があったんですよね。これは、しまんとぴあのボランティアスタッフの方や、これからスタッフ登録をしたいという方に向けて行った講習なのですが、その時、アシスタントとして行ってもらったのですが、いかがでしたか。

お手伝いのつもりで行ったのですが、学ばせてもらうことばかりで。

2025年1月しまんとぴあ(四万十市総合文化センター)でのフロントスタッフ講習の様子

― 15分の休憩をはさんでトータル3時間半弱の講習でしたが、終わった後、みなさんに「どうでしたか?」と聞いたら、「吉良先生にしっかりと教えていただきました」と親近感を込めて答えてくださる方もいて。技術はもちろんですが、吉良さんの人柄も含め指導力を発揮されたのだろうなと思いました。

いつもは後輩に指導しているわけですが、ここではそうではないですからね。年上の方もいらっしゃいますし、劇場のボランティアスタッフだけなく、いろいろな活動や経験をお持ちの方々を前にして、最初はどう声を掛けていいのか分からず、なかなか入って行けなかったんです。
でも、「ここは私からいえることがあるかもしれない」「ここはこうした方が良くなるだろう」と自信を持っていえる部分を見つけて、それをどこまで踏み込んで説明するか、どのくらい控え目がいいかを少しずつ確かめながら、最後の方になってやっと気づいたことや思いついたことをお伝えできるようになってきた感じでした。

― フロントスタッフの他に今はホテルなどでもアルバイトもされているそうですが、接客業の面白さは、どの部分に感じますか。

2つあって、1つは細かく雰囲気を作っていくことですね。
話し方、言葉選び、話しかける姿勢などの細部を積み重ね、例えば「安心してリラックスできる感じ」にしたり、また微妙に違うのですが「頼りがいがあって安心」という空気を作ったり。その場の雰囲気やお客さまの好み、求めてることに合わせて調整していく楽しさのようなものはあると思います。ここはこだわっている部分です。
もう1つが想像力を使うこと。お客さまに頼まれたことを成し遂げるのはもちろんですが、どうすればより良い形でできるだろうか、頼まれてないけど追加で提案できることはないだろうか常に考えています。私は結構、気にしいというか、自信が持てないタチなので「もしかしたら、これはお節介かもしれない」とか、逆に「断る時に気を使われるかもしれない」と考えて結局、引っ込めてしまうこともあるんですけれど。
でも、「これは役に立てるかもしれない」と確信がある時は提案したり、やることの中に加えたりします。それで喜んでもらえると、やってよかったなと思えますね。

― 今、何を求められているのか、どう判断したらいいのかを常に考えながらやる仕事ではありますね。色んな想像をして、引き出しを増やす事によって細かく対応できるようになるのでしょうね。

大変な時もありますけれど、そういうことは好きですね。でも、気にしいなので気疲れはするんです。だからずっと続けられる、本当にこれが大好き! って手放しでいえるかというと果たして…、という感じですけれども(笑)。でも間違いなく、フロントスタッフの仕事に精力的に参加したことは良かったと自信を持っていえます。

 

接客業での経験が活かされたこと


在学中、吉良さんが手掛けた作品

2024年度 京都芸術大学卒業展 文芸表現学科の展示

― そういった経験が文芸表現学科での活動で影響を及ぼしたり、なにかに繋がったりしたことはありましたか。

接客業をしていると色んな人や環境に出会うんです。それは仕事先の空気、一緒に働く人のカラー、それぞれのこだわりやスタンス、来られるお客さまの空気など、色々あります。とにかくいろんな人間や場所を見て、知っていく中で、自分の中に事例として記憶されていくんですね。
さきほど書くものが純文学寄りになったといいましたが、私は現実逃避できるドラマより、読む人それぞれの暮らしと重ねて、自分と近いものとして受け取ってもらえるようなものが書きたい思っているんです。ですからリアリティの部分で、こういうところで働いたり暮らしたりすると、こういうことが起こるよね、こういうこと考えるよね、こういう人っているよね、こういう話になるよね、という事例を作品の中で再現していくわけです。それが学科の講評会で評価されて嬉しかった部分だったりもします。
ですから働く中で、いろんな人やいろんな考え方、いろんな出来事に触れた経験は間違いなく自然な材料として創作の中に生きていると思います。

 

自分の知識や技術を使って提案・提供する仕事がしたい

― 今後の目標はいかがですか。

実はどの分野なら自分が仕事にしていけるだろうかを考えた時、私にとって小説は自己表現の手段で書くことが多いので、小説家だけでなくライターや編集者など文章を扱うことを仕事にすると時間に追われながら、とにかく売れるものを作るようになってしまい、そうなると創作の幅を狭めてしまうだろうなと恐れてしまって。
では何ならもっと前向きに頑張れるだろうと考えた時、実はもうひとつ好きなこととしてコーヒーがあるんです。それなら趣味としてだけでなく、仕事として向き合えるし、技術や知識、市場やトレンドの理解など、働いていく中でしか得られないものが多いだろうなと感じました。
インターンにも参加して、資格取得の勉強もしたりしたんですけど、学べば学ぶほど楽しんでいけそうだなと感じてます。まずは現場に身を置いて、コーヒーの世界を目の当たりにしながら勉強していきたいと思っています。


店頭でお客さまの好みや気分に合わせたコーヒーを提供するのも素敵だなと思いますし、コーヒー会社で働き、個人店やレストランに商品を卸す営業の仕事にも魅力を感じています。店ごとのこだわりや事情を熟知した上で、コミュニケーションを取りながら提案していく仕事ですね。どちらかというと究極の一杯を求めるというより、その場、その人に合わせた素敵な楽しみ方を提案することがしたいです。どんな仕事になるかはやってみないと分かりませんが、どんな形であれ人とのコミュニケーションを通して、その人の考えや意向を理解し、自分の知識や技術を使って何かを提案、提供する仕事がしたいと思っています。

― 今後の展開が楽しみですね。


2023年度 フロントスタッフの顔ぶれ

― 最後に吉良さんと同じように入学式でチラシを見て「フロントスタッフの仕事は面白そうだな」と思ってくれた人に、背中を押してあげるような一言をもらえると嬉しいです。

他のアルバイトと違って、やってみやすいのが魅力だと思います。私も友達や後輩を勧誘する時は、「まずやってみて」といっています。とはいえ私が続けてこれたのは、ここがすごく好きだったからというのが大きいのですが。
それに学科は違っても、同じ大学の学生同士だから教わりやすかったり、協力できたり、仲良くなりやすいと思います。私のように舞台に関係のない分野の人が飛び込んでくることに抵抗を感じる人もいると思いますが、ちゃんとみんなと楽しく働いています。

― 吉良さんの場合はやればやるほど、やりがいが増してきたという感じがしますね。

それはあると思います。ここはどんなに慣れていないことも、実力が伴ってるか自信がなくても、やりたいと思ったこと、挑戦してみようという気持ちを応援して手伝ってくれたり、教えてくれたりする環境だと思います。なので、楽で割のいいバイトを探してる人にはおすすめではないかもしれませんが(笑)。あ、ここが大変っていう意味じゃなくて、スタンスが合わないっていう意味でですよ。
もし何か新しいことに挑戦してみたいとか、自信はないけれど、何か自分にできることを探して頑張ってみたいっていう気持ちがある人は歓迎ですし、間違いなく思い切って頑張れるような環境だと思います。そこが一番のおすすめですね。
ぜひ、がんばってみてください!

 

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