小書をつけない『屋島』
―語りで浮かび上がる義経の妄執

2009年度に渡邊守章氏(当時・舞台芸術研究センター所長)の企画・監修により始まった「春秋座―能と狂言」。 この公演の面白さのひとつに、迫り(せり)やスッポン、 照明設備がある現在の歌舞伎劇場で、 花道を橋掛に見立てて上演するということがあります。 通常の能では花道やスッポンの使用や舞台照明の演出がないため、「春秋座―能と狂言」は事前の打ち合わせが必要。そこで今回は、演出とシテをつとめる観世銕之丞さんと舞台監督の小坂部恵次さん、照明デザインの藤原康弘さんによる打ち合わせの現場をのぞかせていただきました。
写真 2024年度「春秋座―能と狂言」より 能 『二人静 立出之一声』(2025年2月8日 春秋座) 撮影:井上 嘉和
※17回目を数える2025年度は狂言『孫聟』、能『屋島』を上演します。
公演情報や『屋島』の詞章・現代語訳など詳細はこちら➡ https://k-pac.org/events/14454/
登場人物たちの出方

写真左よりシテ方観世銕之丞さん、舞台監督の小坂部恵次さん、照明デザインの藤原康弘さん
小坂部 本日はよろしくお願いいたします。
まずは全体の流れから確認させていただきたいと思います。早速ですが、今回はワキの次第はありますでしょうか。
銕之丞 通常の流れで行くのならワキの次第はあります。あった方が僕は好きですね。次第(登場人物が舞台に現れる際に演奏される囃子と、それに続いて謡われる謡)があって、ワキの旅僧が舞台下手から出てきます。
そしていつも通り、ワキとワキツレの従僧が道行を謡い、名乗ります。そして着キゼリフ「急ぎ候ふほどに、屋島の浦に着きて候、日の暮れて候ふほどに これなる塩屋に立ち寄り、宿を借らばやと思ひ候」で脇座に着きます。

能舞台の構造
小坂部 そこで一声の囃子(化身や霊などが登場する際に奏する囃子)ですね。
銕之丞 はい。そしてシテの漁翁が花道から登場します。通常は橋掛から出ますが、春秋座では花道を使います。
シテとツレの漁夫との立ち位置は、舞台上での申し合わせ(リハーサル)の時に決めたいと思いますが、ツレが舞台の正面に立った頃、シテが花道の七三を過ぎた辺りで 〽面白や月海上に浮かんでは波濤夜火に似たり と、謡いをひとしきりやります。
小坂部 そしてアシライ(相手に身体を向けて正対する所作)で本舞台に入ってくると。
銕之丞 はい。さらにシテの 〽海士の、呼び声 シテ・ツレ 〽里近し で、シテはアシライを入れて舞台に入り常座(じょうざ)辺りで、ツレは真ん中で止まります。
小坂部 今回の場合、常座はどのあたりにされますか。
銕之丞 いつもよりは前だろうと思います。もしかしたら横のセンターラインより少し前になるかもしれません。
そして向き合ってサシ(扇や手で前方を指す型)、下ゲ歌(中・下音の低い音域の拍子に乗る謡の部分)、そして「まづまづ塩屋に帰り休まうずるにて候」で少し内の方に行きます。ここでツレとワキが掛け合いをします。シテは床几に着座します。これで塩屋の内側に入ったということになります。
小坂部 シテは床几に座ったままで、ワキとツレが掛け合いをするわけですね。
都から来た僧が旅の宿を請う
銕之丞 その後、『松風』のように、ワキの旅僧が塩屋の内にいるシテの漁翁に「塩屋の主の帰りて候、宿を借らばやと思ひ候、いかにこの塩屋の内へ案内申し候」と宿を借りたいと声をかけると、ツレの漁夫が「誰にて渡り候ふぞ(どなですか?)」と対応します。ここからツレが塩屋の内側とワキとをつないでいく形になります。
ワキは一夜の宿を所望しますが、シテはあまりに粗末な家なのでと一度は断ります。しかし、ワキが自分たちは都の者だと告げると、旅人は都の人だったか!と「げに傷はしきおん事かな、さらばお宿を貸し申さん」、つまり、それはお気の毒なことだと宿を貸すことにします。
ここは、義経が「都」ということに執着していることがよくわかるセリフですね。それに続く地謡 〽屋島に立てる高松の、苔の筵は傷はしや は、粗末なところですけども、どうぞお休みくださいという内容です。
そして実際に塩屋の中から見えるわけではないのだろうけどれも、シテは周りを見渡し、〽さて慰みは浦の名の、さて慰みは浦の名の、群れ居る田鶴をご覧ぜよ、などか雲居に帰らざらん、旅人の故郷も、都と聞けば懐かしや、われらも元はとて、やがて涙に咽びけり と地謡がシテの気持ちを謡います。つまり「我らも元は都にいたんだ」と執着を見せるわけです。そして少し涙ぐみます。
するとワキが、「いかに申し候、似合はぬ申し事にて候へども、この浦は源平両家の、合戦の巷と承り及びて候、夜もすがら御物語候へ」と、シテにこの地であった源平合戦の事を話してくれと所望します。それで「お安いご用です。語ってお聞かせいたしましょう」と、話して聞かせるのです。
漁翁が語る屋島の合戦とは
銕之丞 そこから、「いでその頃は元暦元年三月十八日の事なりしに」と語りが始まります。
口語訳にすると「平家は一町ばかり沖の海上に船を浮かべ、源氏はこの海岸に打って出ました。大将軍のご装束は赤地の錦の直垂に紫裾後の着背長の鎧姿でした」と義経のことを語っていく。そこに「名乗られたそのご様子は、まことに立派な大将だと思いましたが」など、状況を補足しながら語っていくわけです。
そして、屋島の合戦のありさまを語り、源氏方の三保谷四郎と、平家方の悪七兵衛景清による「錏引(しころびき)」の場面を再現します。これは『平家物語』などにも登場する有名な場面で、景清が三保谷の兜の錏(しころ=首を守るための防具)を掴んで引っ張ると三保谷がこらえたため、錏がちぎれ、二人は左右に引きわかれたという話です。
小坂部 その最後に、地謡に合わせて舞が入るんですね。
銕之丞 そうですね。 〽鉢附の板より、引きちぎつて、左右へくわつとぞ退きにける、これを御覧じて判官、お馬を汀に打ち寄せ給へば で、舞うために立つと思います。
小坂部 舞は中央でされますか。
銕之丞 はい。最後の 〽相引に引く汐の、あとは鬨の声絶えて、磯の波松風ばかりの、音淋しくぞなりにける と語る間に話の世界から、だんだん元の風景に戻っていくっていうことですね。
小坂部 この場面は義経を思い出していることを表現するために、照明か何かを少し変えた方がいいですか。
銕之丞 いや、小屋の中で仕方話(しかたばなし=身振り手振りで話すこと)をしているだけのことですので結構です。ただ、小屋のあたりの明かりは点けない方がいいかもしれないです。もし小屋エリアを作るのなら、今の 〽磯の波松風ばかりの 音淋しくぞなりにける で中央に行って座りますので、そのあたりでだんだんと明かりを使って小屋を作ってもらっても結構だと思います。
小坂部 それは照明の明るさ、暗さの加減で表現するということでよろしいでしょうか。
銕之丞 それで結構だと思います。場合によると小屋のエリアを作って…。
小坂部 やってしまってもいいと。
銕之丞 構いません。最初にワキの旅僧が「これなる塩屋に立ち寄り、宿を借らばやと思ひ候」と言うあたりで雰囲気を変えていただきたいと思いました。ただ、説明的なので、もしかすると邪魔になるかもしれないですね。ただ、僕はそれがあってもなくても、演技は変えることはないので大丈夫です。
小坂部 そのあたりは照明の藤原さんに考えていただくとして、流れの邪魔にならない程度の強調というか変化ですね。まずはやってみて、ダメだったらやめればいいですからね。
銕之丞 はい、それで結構です。
そして、シテの漁翁があまりにも源平合戦の状況について詳しいので、〽その名を名のり給へや(その名をお名乗りください)となるわけです。最初、シテは自分のことをぼやかしますが、ついに「実は義経なのだ」と言う。この義経だという名乗り方が、春の波の中にだんだんと消えていってしまう感じなんです。ですから、やる側からするとここが腕の見せ所になりますね。
小坂部 それで中入り(前場(ぜんば)と後場(のちば)の二部構成をとる演目で、前場終了後、シテが一旦退場すること)ですね。

銕之丞 中入りはやはり花道に行こうと思います。そしてアイである屋島ノ浦人が出てきて、景清と三保の谷の一騎打ちのことを僧らに語ります。
小坂部 この時、アイはどのあたりまで出ますか。
銕之丞 後見がこのあたりに座ってますので… 。
小坂部 そうすると十分に通れるスペースはありますよ。
銕之丞 いやいや、通常はアイ座がここなので、それは屋島ノ浦人をなさる萬斎さんに判断してもらった方がいいでしょう。当日の打ち合わせで結構だと思います。多少、場所が変わろうと演技に影響はないので。
小坂部 後座がこれだけありますから、大丈夫じゃないかと思います。
銕之丞 大丈夫だと思います。萬斎さんなら、よろしき所の判断がつくと思います。
そして春の夜から嵐の朝へ
銕之丞 後のシテは義経となっているので少し修羅の気があり、気がかかって出てきます。
小坂部 ここも出は花道からで、今回はスッポンから出られませんね。
銕之丞 出ないです。スッポンから出ても、それほどの効果がないと思います。
この後の演技をどこでやるか少し悩むところですね。通常ですと、サシを一の松でやって〽落花枝に帰らず、破鏡再び照らさず は常座でやります。一の松に当たる花道の七三辺りでやると、どのタイミングで舞台に入っていくかが難しいですね。もしかしたら入りそびれてしまうかもしれないですから。
小坂部 舞台に入りそびれてしまうと!
銕之丞 ですが一応、一の松で止まることにしておきましょう。そこでひとしきり謡い、ワキの旅僧との掛け合いの間に舞台に入るか、それとも地謡の 〽武士(もののふ)の が始まってから入るかは保留にしておいてください。
小坂部 もう少し早く入れるのでしたら、その方がいいですよね。
銕之丞 通常の演出はそうなのですが。
小坂部 申し合わせで、あまりにもやりにくければ、また考えると。
銕之丞 そうですね。ひとまず地謡の最後 〽夢物語申すなり で舞台中央に行って床几にかけます。
小坂部 そこからはずっと床几ですね。
銕之丞 多少の動きはありますけれど、床几にかけたまままでの所作話になります。
小坂部 そして、地謡のクセ(曲の中の小段)に合わせて舞うんですか。
銕之丞 はい。後半の 〽勇者は懼れずの から立って舞います。
小坂部 それで舞があって…。
銕之丞 5分ぐらいの所作事になりますが、カケリ(翔(かけり)。修羅道(しゅらどう)の苦患(くげん)を受ける武士、狂乱した女性、妄執にとらわれた人物など、異常な精神状態)が入って舞になります。これは花道でやるか、舞台中で通常通りにやるかどうか。ただ、最後は引っ込んでしまった方がいいだろうなと思うんです。これもやってみないとわからないんですが。
小坂部 わかりました。留め(終わり)はシテですかワキですか。
銕之丞 シテが幕口(橋掛と「鏡の間」(楽屋)の境となる出入口。春秋座では鳥屋口がしばしば幕口の役割を果たす)に入って、ワキが見送る形になると思います。
小坂部 するとワキが留めるんですね。
銕之丞 そういうことになります。
小坂部 謡が終わるまでにシテが幕口に入れるか。
銕之丞 それは大丈夫です。間に合わなければ走りますから(笑)。その前にどこで一の松まで行くかが問題ですね。〽船戦の駆引、浮き沈むとせし程に 春の夜の波より明けて までを一の松でやり、幕口の方を向きます。
それでワキが幕の方へ向いて何足か詰めてシテを見送り、留めることになると思います。全体の流れはこういう形になると思います。
全体の情景としては、恐らく夜から朝になり終わってしまうという形でしょうね。
小坂部 夕方から夜になり、朝になるわけですよね。先ほど舞台上に塩屋を照明で強調してもいいとおっしゃいましたでしょう。そこまでやっていいのなら季節感や時間経過などを出してもいいのかなとも思ったのですが、いかがですか。
銕之丞 終わりは明るくしていただくということもいいのではないかと思います。ただし、あまりにもそれが露骨すぎるようでしたら結構です。
「小書」をつけないことで見えてくるもの

銕之丞 今回は、源義経が自身の弱い弓を誤って海に落とし、敵に知られる恥を思って戦いながら拾い上げるという所作をする「弓流」、「奈須與市語」などの小書(特別演出)はいたしません。最近の能では、小書が入ることが多いのですが、オーソドックスなやり方を少しだけ変化させている形になります。
『屋島』という能の中には、義経が弓を取り落としてしまったという執着ともう一つ、都で検非違使(けびいし)という官職を賜ったというプライドがある。それが前半と後半の二つの執着につながっているということなのだと思います。
「弓流」などは、観て分かりやすいので、ついそこにポイントを当ててしまいがちです。
小書のところは少し舞踊化してしまっているところがあり、能らしくないといえば能らしくありません。語りだけでつないでいくことで義経の妄執、執着のような部分が能の時間をもってして理解できるという感じでしょうか。
藤原 『屋島』という曲は、私の印象ではすごくかっこいい曲という気がするんです。言ってしまえばエンタメ性が強いというか。装束も後半はきらびやかですし。
それに能に出てくる亡者や幽霊は最後、回向をお願いして去っていくことが多いけれど、義経は回向を依頼しないで去っていきますし。ですから、照明でも、最後の舞のかっこ良さはそういう感じを出していいのかなと。
そこから最後の僧の夢が覚めていくところ。まさしく先ほど、「明るく」とおっしゃっていたところです。
銕之丞 こここですね 〽春の夜の波より明けて、敵と見えしは群れ居る鴎
藤原 はい。ここの詞章を読むと、修羅の者たちが「今日はあいつか!」と喜んで戦っているように思えるんです。ですから、うわーっと盛り上がったところから一気に今までのものは幻で、〽朝嵐とぞなりにける とあるように、辺りは朝の嵐になっている。そういうところを立てていけたらと思っています。
エンタメ性が強い分、その前の戦いの部分と朝の嵐の無常観との落差が大きいと思うので、そこをうまく見せていけたらなと。
銕之丞 それで結構だと思います。それが正解だと思います。うまくいけばそうなっていくだろうと思います。
藤原 最後は嵐に紛れて逃げるのだから、ザワザワした朝だと思うんですね。ですから朝日の差し込む明るい朝の雰囲気ではなく、曇った朝でしょうか。夜が明けてもまだ広がる無常観。勇壮に戦った後の何もない無常観。そういったところに付き合う明かりにするべきかなと今は考えています。
銕之丞 結局、義経という人は、とにかく自分の思いを全うしようということだけで突き進んでいる人でしょうね。登場人物としてお坊さんは出てきますが、義経には弔ってほしいという気持ちはないんだろうと思います。
この『屋島』に加えて『田村』『箙(えびら)』は、勝ち戦の武将を題材としたことから勝修羅物(かちしゅらもの)と呼ばれているのですが、これらは幽霊になって出てきても恨めしいなどとは言わず、自分のやっていたことを肯定することが多いですね。
『屋島』でも義経は自分のやってきたことを誇らしく言い切ってしまいます。ただ、言い切ってしまうがために、哀れな人生を送ったということを観客は知っていますから、寂しさが、波や風などに託されて虚しく聞こえてくるという形になるのが、『屋島』の味わいなのだろうと思います。そのあたりがうまく出ればと思います。
それから装束ですが、通常ですと肩上げですが今回はしません。肩上げとは、袖をたくし上げて厚紙を入れ、肩をいからせて糸で止めたものです。恐らく後から工夫されたもので、世阿弥の頃ならたぶんしないと思います。今回は片方の袖を脱下げ(ぬぎさげ)にします。
ただ、装束の色は下を赤にするかどうか、ちょっと迷っています。
藤原 謡に 〽赤地の錦の直垂に、紫裾濃の御着背長(赤地の錦の直垂に紫裾濃の着背長の鎧姿でした) というところがありますが。
銕之丞 能の扮装は実際の扮装とは違うので、必ずしもこの通りの色合いにはなりません。ただ、義経が装束に赤を使っていたということは、先ほどおっしゃられたように晴れがましい気持ちで戦に行っていたんですね。ですから、どこかにそういうような晴れがましさを出したいなということはあります。どうするか決まりましたらお知らせいたします。
また、舞台上の細かなところは申し合わせの時に詰めていきたいと思います。
よろしくお願いします。
小坂部・藤原 ありがとうございました。よろしくお願いします。
(取材:京都芸術大学 舞台芸術研究センター/撮影:佐藤和佳子)