国立劇場おきなわ
芸術監督 嘉数道彦さん
インタビュー〈2014年〉
嘉数(かかず)道彦(みちひこ)さん 昨年4月に就任した国立劇場おきなわの 若き芸術監督・嘉数道彦さん(34歳)。 演じ手としてだけでなく、 新作組踊の作者としえも活躍する嘉数さんに 組踊・琉球舞踊の魅力と 6月15日(日)「琉球舞踊と組踊 春秋座公演」の 見どころを伺いました。
聞き手・舞台芸術研究センター制作スタッフ
第一話 琉球舞踊・組踊への思い
―― 嘉数さんは34歳という異例の若さで 芸術監督兼企画制作課長に就任に就任されたわけですが、 就任のお話しがあった時、いかがでしたか?
嘉数 国立劇場おきなわは、今年10周年になったのですけれども オープンしたときは私、沖縄県立芸大の大学院2年生で、 まもなく卒業というときだったのですね。
それでオープンしてからは、こちらで 色々な舞台に立たせてもらって、学ばせてもらったり 時には新しい作品を作らせていただいたり、 演出もさせていただいたりしておりました。
ちょうど開館5周年でしたか、 劇場に芸術監督という役職が誕生しまして、 沖縄の演出家の第一人者である幸喜良秀先生が 芸術監督として就かれ、 それからは伝統芸能に限らず、 いろいろな視点からご指導いただき 私も勉強させていただいておりました。
そんな中、昨年の4月を機に沖縄県の方から 「芸術監督に・・・」というお話がありまして 最初は、パッとイメージがこなかったのですが、 国立劇場おきなわは、まだ開館10周年で、 沖縄の実演家、特に若手・中堅も、 与えられた舞台だけをこなしていくのではなく、 沖縄の芸能のあり方や方向性についても、 もっと色々と考えてやっていくべきだ、 というようなことを言って欲しい、ということもあっての 私への依頼なのかな、と思ったんですね。
ですから私、一人ではどうにもなりませんが、 回りの演者のみなさんや先生方の協力を得ながら、 また、舞台で学ぶこととは違った色々なことを学びたい という思いも合わせまして、お受けすることを決心しました。
―― 嘉数さんは、元々は琉球舞踊をなさっていて、 最初は組踊には興味がなかったとお聞きしましたが、 組踊を「魅力的だな」と感じた瞬間というのが、あったのですか?
嘉数 沖縄県立芸術大学の 琉球芸能専攻琉球舞踊組踊コースというのは、 1、2年次は組踊も琉球舞踊も学びまして 3年次から組踊専攻、琉球舞踊専攻に分かれるんですね。 私は、そもそも琉球舞踊を学びたいという気持ちで入ったので、 当時、教授でいらした宮城能鳳先生に 「嘉数君、組踊がんばりなさいよ」 と言われても、僕はあんまり組踊には興味がなくて、 「どちらかというと沖縄芝居の方が好きなんですけれども」 と、恐れ多くも言ったぐらいなんです。
でも、授業で組踊を学び 大学の発表の場で舞台に立たせていただいた時、 なんともいえない、その…自分の気持ちと体、音楽と客席とが 非常にフィットする瞬間があったんですね。 それは何なのかなと考えてみますと、 動きの一つ一つに意味があり、 組踊ならではの様式性というのがあるのだ、感じた時に、 「このような奥深い、沖縄独自の演劇があるんだ」 と、これまでに感じたことのない、魅力を感じました。
―― 嘉数さんは、新作組踊も作っておられますが 創作の際はそういった感動体験も活かされているのですか?
嘉数 創作に関しては、これまで組踊を観たことのない方や子供たち 「ちょっと、組踊りは・・・」と、遠く感じてらっしゃる方に、 どれだけ近づいて行って入り口を作るか、 ということに重きを置いています。
ただ、双方が歩み寄ってこその新作だと思いますので 初めての方や関心のない方にばかり 近づいて行くのもいけないとは思っています。 できる限り、組踊の大切な様式性を守りつつ、 開けるところは開いて この創作作品が入り口となって、 もっと観たい、古典作品が観てみたい、と思っていただける そんな導線ができればいいのかなと思って、 創作作品の取り組みをしています。
―― 琉球舞踊と組踊のそれぞれの魅力はどういうところにありますか?
嘉数 琉球舞踊は、本当に色々な顔がありまして、 宮廷で誕生した「古典舞踊」 明治以降に誕生した「雑踊」 演目に合わせて色々な表現をされているのが、 魅力かなと思っております。
宮廷芸能で使われる紅型や雑踊で出てくる琉球絣、 農民が着ている芭蕉布などなど、 本当に沖縄の伝統工芸品が舞台上に現れるということも魅力です。
踊りにしても、一つ一つに決して大和や諸外国のマネにとどまらず 沖縄独自の表現や、リズムの取り方、 間の取り方というものがあります。 また、それらには「この人が踊るこの踊り」「この方が踊るこの踊り」 という、各演者ならではの芸もあるので、 そこも合わせて楽しんでいただけたらと思います。
第二話 舞台の見どころ
―― 2014年の春秋座公演はバラエティにとんでおりますが、プログラムを組んだポイントと 各公演の見どころを教えていただけますでしょうか
嘉数 まず、幕開けとして「若衆特牛節(わかしゅくてぃぶし)」があります。 これは、古典の琉球舞踊として継承されている中では特殊な踊りです。 通常、踊り手は三線の音楽に合わせて登場するのですが、 この踊は、いつもは伴奏楽器として用いられている 笛と太鼓の音色のみで登場してきます。 いつもは、歌や三線の伴奏でしか 聞くことのできない楽器の音色を 十分に堪能していただけるという点でも 非常に特徴的ですし、 華やかな若衆姿の2人が楽器の音色にのって 厳かに登場し、お扇子を用いての祝儀舞踊で 本公演の幕開けを飾ります。
続いての女踊の「かせかけ(かしかき)」は 琉球舞踊の中の女踊の様式、型を踏まえた踊りで 小道具の「かせ」と「枠」を手に持ち 極力、振りの少ない、押さえられた動きで踊ります。
「かせ」と「枠」というのは、糸巻きに使う小道具でして、 踊りとしては、ただ単純に糸巻きをしているだけなのですが、 琉歌の中に込められた、愛しい人への想い、 トンボの羽のような上質な布を織って 恋しい人にさしあげましょう。 彼が喜ぶものを織ってさしあげましょう。という 当時の士族女性の押さえられた恋心、 初々しい恋心を表しています。
美しい紅型衣裳も見どころですが、 この踊りでは片袖を抜いているんですね。 これは組踊や琉球舞踊の、お約束事の一つで、 女性が片袖を抜くというのは、 何か作業をしている途中であるということを表しています。 そういう着付けも楽しんでいただけると思います。 こういった着付けは時々出てきて、 例えば髪を洗いに行くときなんかも片袖を抜いていますので 舞台で片袖を抜いていたら、 何か作業をしているのだなということが分かります。
そういった士族の女性の恋心からガラッと変わって選んだのは、 雑踊の「加那よー天川(かなよーあまかわ)」。 一般庶民の恋愛を描いた踊りです。 ですから、こちらは「好きよ、好きよ」と 非常にリアルな恋愛物語を明るく演じています。
これは芝居小屋で誕生した踊りで、2曲構成になっており、 庶民の流行り歌、庶民に親しまれている軽快な音楽に乗せて、 リズムカルに踊るのが見どころ、聴きどころでもあります。
また、愛しい人に自分で染めて織った 花染手巾(はなずみてぃさじ)、 今でいうとハンカチーフでしょうか それを相手にプレゼントしたり 「おいで、おいで」をして、さそってみると 「嫌です、嫌です」という振りをするなど 踊りなんですが、リアルな振りもあり 大変、ほほえましく中睦まじい姿が描かれている 庶民の代表的な踊りです。
後半に、2人で水浴びをする場面があるのですが ここでも、やはり片袖を抜くんですね。 そういうところも踊りと合わせて 楽しんでいただけると思いますし、 本当に見ているだけで、 理屈抜きに楽しんでいただけます。
続いての「鳩間節(はとまぶし)」も雑踊りの傑作といわれてまして、 八重山諸島の小さな島・鳩間島に伝わる 鳩間節という民謡で踊ります。 原曲は非常にゆったりしたテンポなんですが、 この曲を沖縄本島に持ってきた役者さんたちが 舞台に上げるにあたり、 ものすごくアップテンポに変えたんですね。 そして、今までの琉球舞踊になかった日本舞踊の振り、 「かっぽれ」を取り入れたといわれています。
「鳩間節」では足を上げたり、 上げたままで、くるくると回ったりするような振りが、あるのですが 今までの琉球の踊りには、こういったものは、ありませんでした。 そういった大和風の振り付けを取り入れて役者舞踊にし、 お客さんの方も、贔屓の役者がカッコよく、粋に踊るのを 楽しみにしていたという演目です。
今回は鳩間節に定評のある 個性派の演者さんが踊ってくださいますので、 ぜひ、そのようなところも楽しんでもらえたらと思います。
最後の「花風」に関しては もう、宮城能鳳先生の十八番でもありますし、 西江先生の三味線で楽しんでいただけると思います。
―― 「かせかけ」が思いを秘め、次に「加那よー天川」でカップルが登場、 最後は恋人を見送る「花風」とちょっとしたストーリーになっているようで 素敵なプログラムだなと。
嘉数 言われてみたら、そうですね(笑)。 第一部では、色々な恋の形が見られると思います。
―― 琉球舞踊では、恋を題材にした舞踊が多いのでしょうか?
嘉数 多いですね。恋愛を描いた琉歌が多くて、 それに合わせて踊られることが多いですね。
―― 第二部 組踊の見どころはどんなところですか?
嘉数 「執心鐘入」に関しては、 組踊の名作中の名作といわれている作品だけに、 沖縄県内でもよく上演されますし、 組踊を学ぶものにとっても第一歩、入門編といわれる作品です。
今回は人気の若手2人を主役に抜擢し 指導は眞境名正憲先生といった大御所がつとめ 中堅の個性派で脇を固めるという構成も見どころという、 なかなか見ることのないキャストです。 同じキャストで4月に沖縄で上演した時も、 この配役は好評を博していますので 京都のみなさまにも楽しんでいただけると思います。作品としては、「道成寺」との関連もありますが 「道成寺」の影響を受けた琉球独自の「執心鐘入」の世界を 楽しんでいただけたらと思います。
―― 作品としては、「道成寺」との関連もありますが 「道成寺」の影響を受けた琉球独自の「執心鐘入」の世界を 楽しんでいただけたらと思います。この作品では後半、女が隈取りのようなメイクをしたかと思えば、 面(おもて)も付けられますね。 歌舞伎と能の融合のようで、 とても特徴的だなと思ったのですが。
嘉数 はい。先日、国立劇場おきなわの調査養成課長でもある茂木仁史さんとも、 そのようなお話をする機会がありましたが そこが玉城朝薫のさすがとする点で、 娘からすぐ鬼になるのではなく、 鬼になる一歩手前を見せる。というのが、 また一つ、見せどころです。 本土の影響があったとは思うのですが、 隈取りという形で見せ、 般若面へ徐々に徐々に変化していくという作り方、 見せ方がさすがですね。
―― ところで、組踊は結末が 必ずハッピーエンドになるとお聞きしましたが。
嘉数 そうですね。 その辺りは悲しいかな、 ハッピーエンドにせざるを得ないというか、 組踊の持つ歴史的背景でしょうか。
「執心鐘入」は、中城若松の立場を主役に捉えると ハッピーエンドにしても まだ、納得もしやすいのですが、 「銘苅子(めかるし)」という天女物語がありまして、 つまり天女が降りてきて、子供ができますが、 また、天に帰っていく。 それを、子供は「お母さん~」と言って悲しむ。
このような話を、どうハッピーエンドにしようかと。 こういうのは本当に珍しいケースなのですが、 子どもたちが可哀そうですので、 朱里の王府から役人がやってきて、 「この子たちは役人が面倒を見てあげます。 ゆくゆくは、それだけの位のあるものにとりたてましょう」 と言い付けて、 「よかったね」 と、天に帰るのですが、絶対によくないよな、これ。 絶対、めでたしじゃないだろうと思うのですよ(笑)。
でも当時、組踊の体系としては、 冊封使(さっぽうし)のみなさんに対して 王府は、これだけ情け深い心を持ち 一般庶民にまで目配り、気配りをして、 国家を運営しているんですよ。 と、いうことが言いたいための作品なので、 正直、戯曲として、演劇としての良さは認められない。 難しいなと思うところはあるんですが、 それが沖縄の伝統芸能で、 古典劇としての背景を踏まえた時に、 そのストーリーで完成となるんでしょうね、と思います。
―― 最後に、京都で沖縄芸能を上演することについて、いかがですか
嘉数 演者たちもそうだと思いますが、 京都のお客様がどういった反応を持っていただけるのか、 どういった観想をいただけるのか楽しみです。
というのは、組踊自体、沖縄の人のために作られたものではなく、 中国の方々に向けて作られたなので 今でも他国の方々、他府県の方々に観てもらった時に どういう感想を持たれるのか、非常に気になります。
舞台では琉球の芸能であるということを前面に出して 務めたいと思っていますので、 いただいた感想や、ご指導を持ち帰り、 それぞれ自分の糧としていきたいと思います。 やはり沖縄の芸能として、 自分たちが誇りを持てる舞台ではなければ、 外に持っていって観ていただくということも難しい。 恥じるものを持っていくわけにはいきませんので。 いつでも万全な状態で、誇りをもって務められるよう、 この公演で、そういった糧が得られたらと思っております。
ありがとうございました。
嘉数道彦 Michihiko Kakazu /国立劇場おきなわ芸術監督
1979年、沖縄県生まれ。宮城流能里乃会教師。幼少の頃より初代宮城能造・宮城能里に琉球舞踊を師事。沖縄タイムス社芸術選奨奨励賞受賞。沖縄県立芸術大学大学院音楽芸術研究科修士課程修了。在学中より多くの新作組踊作品の創作・脚本・演出を手がける。同大非常勤講師を経て、2013 年より国立劇場おきなわ芸術監督兼企画制作課長に就任。