多彩な表現に挑んだ團子 ~祖父の足跡をたずねて
畑律江
歌舞伎界の若き花形として近年目覚ましい活躍を見せている市川團子が、自身の研鑽の場として昨年にスタートさせた「新翔 春秋会」の第二回公演が、11月1~3日、春秋座で開催された。昨年の『吉野山』『春興鏡獅子』に続き、今年は『種蒔 (たねまき) 三番叟』『藤娘』『流星』と、バラエティーに富む舞踊三作。それぞれに求められるものが異なる演目だけに、團子の並々ならぬ意気込みが感じられた。中でも『種蒔三番叟』『藤娘』は、團子の祖父・二世市川猿翁 (三世猿之助) が、春秋座芸術監督、藤間勘十郎の祖父・二世藤間勘祖 (六世勘十郎) に指導を仰いだ作品だという。芸の縁が世代を超え、またここでつながったわけである。

『種蒔三番叟』
まずは『種蒔三番叟』から。能楽の『翁』を源とし、天下泰平、国土安穏、五穀豊穣を祈る祝儀性の高い清元舞踊である。三宝を持った千歳 (勘十郎) が現れ、続いて三番叟 (團子) が登場する。千歳には悠々とした品格があり、三番叟はきびきびとして軽快。ゆらゆらと共に揺れる舟唄、婚礼の長持ち唄の場面など、二人での振りも面白い。眼目は豊作を願い土に種を蒔く振りを取り入れた「鈴ノ段」。三番叟が、鮮やかな赤い実と鈴がついた南天の小枝を振りながら、テンポよく踊っていく。両人ともに扮装をしない素踊りながら、舞いぶりに華やかさがあり、そのままで色彩豊かな衣裳をまとっているかのようだ。幕開けにふさわしい一幕となった。

『藤娘』
暗い舞台が一瞬でパッと明るくなると、黒い塗り笠をかぶり、藤の枝を持った藤娘が、大きな藤の花房の下に立っている。艶やかさに心を奪われる瞬間である。一体どこから現れたのか、そんなことはまるで気にならない。團子のすらりとした容姿、手足の動きから、娘の初々しさがたちのぼる。
松の幹の後ろに隠れる度に、衣裳を変化させるさまが鮮やか。 だがこの作品の表現の最大の難しさは、明確なストーリー性がないところにあるのではないか。恋の喜びとともに、「男心の憎いのは…」と男の浮気心を知った切なさを、筋立てに一切頼ることなく、美しい夢のように踊り続けねばならないからである。「藤の花房色よく長く」と、「藤音頭」が挿入される場面では、藤の精は大きく体を反らせ、酒を口にし、ほろ酔いのさまを見せる。このあたりの雰囲気には、踊り手のキャリアや個性の差が表れやすいように思える。團子の藤の精は清々しく、恋に恋する娘らしい気分があふれた。今後上演を重ねるごとに自信が生まれ、酔態にもより濃い思いがこもるようになるだろう。まずは今回、一人の花形の初役の藤の精に立ち合えたことを喜びたい。

『流星』
『流星』は、天上で七夕の逢瀬を楽しむ牽牛 (市川笑野) ・ 織女 (市川猿紫) のもとに、流星(團子)が飛んできて、雷の夫婦げんかの様子を “実況中継” するという清元の舞踊。「ご注進、ご注進」と声を掛け、花道からかけ出た流星 (團子) は、祖父の二世猿翁 (三世猿之助) が踊った折に、毛利臣男 (元・春秋座芸術監督) がデザインしたカラフルな雲柄の衣裳をまとっている。素肌に羽織る衣裳だけに、動きのごまかしがきかない。
天空の雲の風景も、牽牛織女のカップルも幻想的で美しいが、見どころはやはり、流星が雷一家の父・母・子、そして近所の婆雷の四役を踊り分ける場面だろう。雷の踊り分けには、面をつけかえる、角のついた環をつけかえる、といった演出があるが、今回は三代目が選んだ 「猿之助四十八撰」 の演出通り、小道具を使わず、振りだけで人物を表現し分けた。夫が鳴らす奇妙な雷の音をなじる母雷、腹を立てる父雷、両親のけんかに目を覚まして、ころころと転がる子雷、仲裁に入るお節介な婆雷。踊り分けにも素踊りの経験が生かされたようで、團子はコミカルな振りにも挑んで新しい境地を見せた。最後には、婆雷が入れ歯をのどにつまらせて大あわて。可笑しくなった夫婦はめでたく仲直り、となる。
顛末を語り終えた流星は、天空を飛んで去っていく。舞台上で終わる演出や、花道を入る演出もあるようだが、團子は、江戸末期に初演した四世市川小団次が行ったというやり方—―「宙乗り」を見せた。豪華な衣裳をまとったり、鳥や馬や凧に乗ったり、つづらを背負ったりと、宙乗りにも多彩な演出があるが、『流星』は役者ただ一人で中空に浮き上がる。何ともシンプルなやり方ながら、そこには、歌舞伎という大海に果敢に漕ぎ出す21歳の團子自身の姿が重なって見えた。
今回はさらに、團子のナレーションによるメイキング映像が演目の間に挿入されたことを特筆しておきたい。勘十郎の指導を受ける稽古風景、ポスター写真の工夫、『流星』の衣裳の苦心などが率直に語られる。通常の公演では見られないプログラムだが、祖父の足跡を懸命にたどろうとする團子の様子が身近に感じられ、ことに若い観客の心に響いたのではないか。一つの劇場を通して結ばれていく俳優と観客のつながり。「新翔 春秋会」の今後の展開が楽しみになってきた。
撮影:桂秀也
畑 律江(はた りつえ)
毎日新聞社で神戸支局記者、大阪本社学芸部記者・デスク、地域面・夕刊特集版編集長などを歴任し、2013年からは学芸部専門編集委員(舞台芸術担当)として古典芸能から現代演劇、ミュージカルまで幅広く取材。2023年に退職後も、地域と舞台芸術のかかわりに深い関心を持ち続け、新聞や演劇誌にリポートや論考、評を執筆している。毎日新聞客員編集委員、大阪芸術大学短期大学部客員教授。