カメラワークの見える口演~「神田伯山独演会」から見えた誇りと覚悟
吉永美和子
「講談の良いところは、怒りも憎しみも糧になること」
今回の京都芸術大学での独演会の枕で、伯山が語った言葉だ。この日は、伯山が選考委員を務めた「2025 新語・流行語大賞」で、高市早苗総理大臣の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」が大賞に選ばれた。これに異を唱える人々が、伯山のSNSに一斉に批判コメントを送ったというのだ。しかし伯山は『中村仲蔵』『淀五郎』という、嫌がらせで受けた怒りや悲しみを、逆にバネに変えて飛躍した役者たちの話で、満席の会場の老若男女を魅了。寄せられたアンチコメントに対して抱いたであろう理不尽な気持ちを、即座に芸の肥やしにしてみせたわけだ。芸事の世界の人間ならではの、最高の意趣返しだろう。
極道の息子・喜久雄が、歌舞伎の世界で生きていく一代記を描いた大ヒット映画『国宝』にちなみ、この2本を選んだという伯山。『中村仲蔵』は江戸時代中期、門閥外から大名跡に出世したという、喜久雄と重なる伝説の役者・中村仲蔵の物語だ。ここで語られるのは、仲蔵が『仮名手本忠臣蔵』の斧定九郎役を演じた時のエピソード。主役級の役を演じられる「名題」となったにも関わらず、ほとんど見せ場のない五段目の、しかも盗人の役しかあてがわれなかった仲蔵。少ない出番を最高のものにするため、単なる盗人を落ちぶれた武士に変え、殺される時に血糊を使うなどの斬新な工夫をこらす。初日は客席が静まり返り、仲蔵はそれを不評ととらえたが、たまたま1人の老人が自分の芝居を絶賛する声を聞く。そしてついに5日目に、あの老人の大向うをきっかけに、仲蔵の演技を褒め称える喝采が巻き起こった……。
現在の歌舞伎にも受け継がれる、仲蔵が生み出した斧定九郎の形。その誕生秘話に迫った話を、伯山は張り扇をパパン! と張りながら語っていく。仲蔵や老人を始めとする人物+ナレーションを一人ですべてこなしていくわけだが、聴いていて驚くのが、それぞれの人物のキャラクターや状況が語りだけで伝わるのみならず、カメラワークまで見えてくるように感じられたことだ。芝居の解説をする際は舞台全体を俯瞰するような風景が浮かび、仲蔵の心境が語られる箇所では深刻な表情をアップでとらえているように感じられ、仲蔵の演技に客席が静まり返ったり盛り上がったりする場面では、客席をパン(水平に振る)して観客の表情を見せているように思えてくる。
それは伯山が、声の質やテンポをとにかく明快に、かつ繊細に使い分けている故だろう。たとえば仲蔵の声はやや籠もるような質感で、聴く側も少し前のめりに耳をそばだてる感じになる。逆に客席の盛り上がりを生き生きと描写する所では、音をポンポンと遠くに飛ばすような口調で、視線ならぬ聴線(そんな言葉はないけれど)をあちこちに向けさせていく。講談がエンタメと同時に、ニュースやドキュメンタリー的な役割を担っていた、その名残となるテクニックだろうか。伯山が講談ファン以外からも支持されたのは、普段講談を聴き慣れていない人でも頭の中に風景を描きやすく、想像することの楽しみを最大限まで引き出されるためではないか……と思い至った。
もう一つの『淀五郎』は、『中村仲蔵』から約20年後の話。駆け出しの役者・澤村淀五郎は『仮名手本忠臣蔵』の塩冶判官役に抜擢されるが、大星由良之助役の市川團蔵は淀五郎の演技に納得いかず、切腹の場面で側に寄ろうとしない。淀五郎は、舞台上で團蔵を巻き添えにして自刃しようとまで思い詰めるが、一人の役者のアドバイスで團蔵が求めるものに気づき、翌日の舞台を大成功させる。ここで淀五郎に助言を与えるのが、この頃には人気役者となっていた仲蔵なのだ。
『中村仲蔵』の時とは違い、芸を極めた名人ならではの達観したような口ぶりに変わった仲蔵。淀五郎に、青い染料を仕込んで顔色を変える工夫を伝授しつつも、守るべき「形」は守るよう諭す。功名を上げようと、必死で誰も観たことがない舞台を作り上げてきた仲蔵は、一周回って「形」を未来につなぐことの大切さに、どこかの時点で気づいたのだろう。仲蔵の20年間の空白にも思いを馳せる心地となる、味わい深い口演だった。そしてそこには、廃れかけていた講談の世界に新風を吹き込み、今まさに次世代にバトンを渡す役割を担っている、伯山自身の誇りと覚悟も込められていたのではないだろうか。
枕では「20時までに舞台を終わらせる」と宣言していた伯山だが、終わってみると10分以上時間を過ぎていた。「聴いているお客様が上手いと、話が伸びる」とも語っていたので、この日の私たちは「上手いお客様」だったのだろう。講談師が一方的に語っているだけのように見えて、実は私たちも無言のうちに、講談師を動かすエネルギーとなっていることを、これほどわかりやすく実感できたことはなかった。来年もまたここで、舞台上と客席で良いセッションができることを願っている。
公演情報
神田伯山独演会
主催:京都芸術大学 舞台芸術研究センター
上演日時:2025年12月2日(火) 18:00
会場:京都芸術劇場 春秋座
吉永美和子(よしなが・みわこ)
大阪在住のフリーライター/エディター。「演劇情報誌JAMCi(じゃむち)」「エルマガジン」演劇担当を経て、1999年よりフリーに。関西の雑誌・WEB媒体を中心に、関西の演劇シーンを紹介する記事を多数執筆。関西以外のエリアの演劇や、映画や音楽など他ジャンルの記事も手掛けるほか、維新派などの公演パンフレットの編集も行っている。執筆した主な媒体に「朝日新聞」「えんぶ」「悲劇喜劇」「SPICE」など。現在「SAVVY」「Meets Regional」などで演劇の連載コラムを執筆している。