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旅の軌跡、創造の息吹 「川村毅作『4』の旅2011~2021」レポート

 川村毅氏による戯曲「4」は、独自の視点で〈死刑制度〉のモティーフを扱い、人間の存在様態とその仮構性の根源に迫った作品である。2012年の初演以来、国内外でさまざまに上演されてきたが、2021年8月、満を持して作者自身の演出による本格的な公演が行われる予定である。
 これに先立って本作がたどってきた軌跡を紹介するプレイベント「川村毅作『4』の旅2011~2021」が開催された。一つの戯曲がおよそ10年にわたって遂げてきた〈旅〉。その記憶を舞台映像を交えて見つめ直すレクチャー形式のイベントである。レクチャラーは川村毅氏、作品の成立と縁の深い小宮山智津子氏が聞き手をつとめた。

川村毅氏
小宮山智津子氏(左)と川村毅氏

 レクチャーは、旅の原点を照らしだすことから始まった。「4」は、世田谷パブリックシアターの劇作家のためのワークショップ「劇作家の作業場vol.1」(2011年、小宮山氏による学芸企画)から生まれた戯曲であり、〈モノローグの可能性〉をテーマとするワーク・イン・プログレスを経て仕上げられている。
 川村氏は「モノローグを書くときに、僕はモノローグの懐疑からはじめた」と切り出し、演劇のモノローグ表現がともすれば傾きがちな〈真実の独白〉を疑い、そのフィクショナルな位相を測り直すという企図。また、これと不可分な問題として、ある役柄を受け取り、演じながら生きるという人間存在の本質、ひいては〈自己〉という現象の機微に立ち入ろうとする動因について語った。
 さらに死刑制度に関する次のような問いが、創作の根幹に触れることを振り返った。時代の流れや自由裁量にちなむ恣意性にさらされている死刑執行の基準とは、一体何なのか。死刑の確定から執行までの間、いわば宙づり状態で生かされ続ける囚人とは、どのような存在なのか――。
 演劇の制度と、社会の制度とをクロスオーバーさせて再検討する劇作の作業は、当初、上演を前提としないワークショップとしてスタートしているが、その後、リーディング上演(川村毅演出/2011年11月/シアタートラム)、世田谷パブリックシアター主催公演(タイトル=『4 four』/白井晃演出/2012年11月/同前) へと発展。改稿を重ねてブラッシュアップされた戯曲は、第16回鶴屋南北戯曲賞を受賞している。

  • ニューヨーク市立大学大学院主催公演(英語版リーディング/ジョン・ジェスラン演出/2015年3月/Martin E. b. Segal Theatre Center、ニューヨーク)。
  • 日本戯曲フェスティバル(デンマーク語版リーディング /川村毅演出/2017年5月/ Sort/Hivd teatro 、コペンハーゲン)。
  • セウォル号演劇祭(韓国語版公演/マ・ドゥヨン演出/2017年7月/演劇実験室恵化洞1番地、ソウル)。
  • ソウル演劇祭(同・再演/2018年5月/アートワンシアター3館、ソウル)。

 やがて「4」は海を渡り、上記のアメリカ、デンマーク、韓国でのリーディングおよび公演が実現している。現地のアーティスト・観客からは、死刑制度をめぐる文化的背景や精神風土、あるいはペルソナ(役割、役柄)をめぐる問題群への関心に根差したさまざまな反応があったという。この戯曲が多面的な問題提起の力をもつことを改めて思い起させるエピソードであり、興味深かった。

『4』リーディング ニューヨーク市立大学大学院主催公演(英語版リーディング/ジョン・ジェスラン演出/2015年3月/Martin E. b. Segal Theatre Center、ニューヨーク
『4』リーディング 日本戯曲フェスティバル(デンマーク語版リーディング /川村毅演出/2017年5月/Sort/Hivd teatro 、コペンハーゲン)
『4』公演 セウォル号演劇祭(韓国語版公演/マ・ドゥヨン演出/2017年7月/演劇実験室恵化洞1番地、ソウル)

 レクチャーの後半は、しだいに旅の現在地へと近づいていく。川村氏による本格的な演出を目指して行なわれた研究プロジェクト、その最初のステップは公開研究会「モノローグの可能性について」(2018年10月/京都芸術劇場 春秋座)である。古今東西の戯曲を素材とするリーディングとトークを通して、モノローグの可能性の再検証が試みられている。次のステップは「『4』上演の可能性を巡る劇場実験」(2019年6月/同前)である。こちらの主眼はライブカメラの映像を用いた演出手法にあるが、この実験での検討を踏まえて、当面の演出方針としては生身の俳優による台詞との対峙に集中することが確認されている。

『4』上演の可能性を巡る劇場実験(2019年6月/京都芸術劇場 春秋座)

 以上のような過程を経て、本来であれば2020年5月、川村毅演出版『4』は初日を迎えるはずだったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響のため延期。キャスト・スタッフのメンバー構成を維持しつつ、2021年8月、東京と京都での公演に向けて、現在、準備が進められている。本作の最初期の戯曲執筆は、東日本大震災に際会しているが、およそ10年の時を隔てて作者自身がテクストに向き合い直す演出作業は、図らずも別種の未曽有の状況に遭遇していることになる。

 2時間のイベントは、参加者を交えた質疑応答で締めくくられた。そのなかで〈今回の演出にあたりどこに焦点をあてているのか〉といった問いに対して、川村氏は次のように返答していた。「とにかく台詞をクリアに発語してもらってということ。台詞があればそれでいいのではないか、というところにたどり着いた。だからどこを焦点にということはありません、全部が焦点じゃないですかね」。
 一見、シンプルな装いをもつ言葉だが、独特の語り口から、台詞の力を最大限に引き出そうとする揺るぎない方法意識、そして新たなクリエイションの息吹が伝わってくる。これは『4』を観るという体験に折り返されるべき言葉でもあるだろう。劇場に響く一つ一つの台詞の際立ちに耳を澄ますことが、アルファであり、オメガである。そんな稀有な劇場体験への想像を膨らませて、公演の日を待つことにしたい。

文:新里直之(演劇研究、京都芸術大学舞台芸術研究センター研究補助職員)

『4』プレイベント
川村毅作『4』の旅2011~2021
2021年6月27日(日)14:00-16:00 あうるすぽっと3F会議室A
川村毅レクチャー 聞き手:小宮山智津子(劇作家の作業場2011)
主催:ティーファクトリー

『4』公演情報
川村毅作・演出
平成24年度文化庁芸術選奨文部科学大臣賞受賞、第16回鶴屋南北戯曲賞受賞作品
出演: 今井朋彦 加藤虎ノ介 川口覚 池岡亮介 小林隆

2021年8月18日(水)~24日(火) あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)
2021/2022あうるすぽっとタイアップ公演シリーズ 
主催:ティーファクトリー 共催:公益財団法人としま未来文化財団
http://www.tfactory.jp/data/4_2021.shtml

2021年8月28日(土)・29日(日) 京都芸術劇場 春秋座 (京都芸術大学内)
主催・企画:学校法人瓜生山学園 京都芸術大学 舞台芸術研究センター 
https://k-pac.org/events/550/