琉球舞踊と組踊 春秋座特別公演 嘉数道彦さんに聞く「喜歌劇」の魅力
今年で6回目を迎える春秋座での組踊公演。前回までは琉球王国の踊奉行(おどりぶぎょう)であり、組踊の創始者・玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)作で今日も上演される「朝薫五番」を上演してきました。今回は朝薫以降に発表された組踊、古典舞踊、明治時代に創られた喜歌劇(きかげき)を上演します。公演の見どころなど、今回、ご出演いただく嘉数道彦さんに伺いました。
写 真:「夜半参」(写真提供:国立劇場おきなわ)
聞き手:舞台芸術研究センター (このインタビューは2022年4月にオンラインにて行ったものです)
舞踊と歌でつなぐ琉球版オペレッタ「喜歌劇」の魅力
―― 嘉数さんはこの3月まで国立劇場おきなわの芸術監督であったことから、春秋座公演ではいつも解説をいただいておりました。今回、初めて出演者として嘉数さんの姿を拝見できることを楽しみにしています。
嘉数 ありがとうございます。しっかりお稽古して琉球芸能の魅力を皆様に沢山、お伝えできるよう努めたいと思っております。
―― 初回の春秋座組踊公演が2012年。嘉数さんが来られたのは第2回となる2014年で、上演前に「解説とおはなし」をしてくださいました。
嘉数 そうですね。2012年に出演された、人間国宝で組踊立方の宮城能鳳(みやぎのうほう)先生、三線の西江喜春(にしえきしゅん)先生のお二人から、春秋座はとても良い劇場だと伺っていたので、私も安心して琉球舞踊と組踊に関する解説、ご案内をさせていただくことができました。
2020年11月「琉球舞踊と組踊 春秋座特別公演」にて、「解説とおはなし」をする嘉数さん(撮影:桂秀也)
そして、ありがたいことに琉球舞踊、組踊を沖縄県外はもとより海外でも上演する機会があり、色々な劇場で公演させていただいておりますが、春秋座は舞台上で話していても、とてもフィットするというか、お客様と一体となれる劇場だなと感じております。ですから公演が楽しみですね。
―― 嘉数さんは今回、琉球舞踊の『かぎやで風』と喜歌劇(きかげき)『夜半参(やはんめー)』にご出演されますね。喜歌劇は前回(2020年)も『戻り駕籠』を上演いただきましたが、この喜歌劇というのはどういうものですか?
嘉数 喜歌劇というのは沖縄芝居のひとつでして、組踊から派生して明治時代に新な芝居として大衆演劇が作られていくのですが、その流れの初期に誕生したものですね。喜歌劇は沖縄の踊りを重視して作られた短編作品で、ストーリーも単純で分かりやすい。通常の琉球舞踊ですと地謡の歌に合わせて踊るのですが、喜歌劇では、役者が踊りながら自分の心情を歌って表現していくというのが特徴だと思っております。
―― そう伺うと琉球版オペレッタのようですね。
嘉数 そうですね。
―― 今回は喜劇を上演されますが、悲劇もあるそうですね。
嘉数 喜歌劇がどんどん発展していくと、さらにドラマ的な要素が入ってきて上演時間も1時間半から2時間近くになる本格的な歌劇が誕生します。沖縄芝居の主な観客が女性なので、どちらかというと女性の視点で描かれた悲劇、悲恋を描いた『ロミオとジュリエット』のようなものから母の心情を描いた親子ものなどが多いですね。そして名作歌劇と呼ばれるものがどんどん誕生していきました。
―― いまも新しい歌劇は作られているのでしょうか。
嘉数 組踊に比べたら少ないかなと思います。ですが名作といわれているものは現在でも根強く上演されていますね。
―― 嘉数さんは幼少のころから沖縄芝居を沢山ご覧になっているので『夜半参』は何度かご覧になっていらっしゃったんですか。
嘉数 子供の頃は生で観たことはなかったですね。僕らが小さい頃はこのような短編ものはあまり上演されなかったんじゃないかなと思います。
―― 復活上演したものでしょうか。
嘉数 そういうわけではないのですが、やはり本公演では大掛かりなものが上演されるので、喜歌劇のような割と軽い作品は本公演ではあまりかからなかったんですね。
ですから初めて観たのは国立劇場おきなわのオープニングの時ですね。第一回の沖縄芝居公演でこういった短編の喜歌劇を並べた公演を国立劇場おきなわが企画し、そこで初めて見ました。
―― 作者の我如古弥栄(がねこやえい)は他にも沢山の作品を残しておられますね。
嘉数 先程、言いました歌劇の名作として人気を博してきた沖縄版のまさにロミオとジュリエット『泊阿嘉(とまりあか)』や『貞女と孝子』が有名ですね。『貞女と孝子』は遊び人の夫が家を出奔し、やがて反省して家に帰って来ると奥さんと子供は出世していて許してあげるという作品で、菊池寛の『父帰る』のような話ですね。
―― 『夜半参』の初演は明治43(1910)年ですので、今から約110年前の作品となるわけですが、どういうお話なのですか。
嘉数 この作品は、沖縄芝居が誕生した明治後期にできたといわれております。沖縄芝居でよくあるパターンなのですが、美男美女とそうではない登場人物が出てくるんです(笑)。この話の中では士族の美男美女と、そうでない2組の庶民の夫婦が登場します。
士族の女性は愛しい人と結ばせて欲しいと100日間、夜な夜な同じ寺社に願掛けのお参りをしています。女性ですので人目につかないように男性の恰好でお参りしていて、その甲斐あって想いを寄せている男性と会うことができ、二人は一緒になります。
「夜半参」(写真提供:国立劇場おきなわ)
一方、その夜な夜なお宮参りをする美女を見にいこう、ちょっかいを出そうと三枚目的な庶民の男性2人が、奥さん達に隠れて見に行くというストーリーが加わり、さらにその奥さん達も「何かうちの夫がおかしい」と後を追いかけていき、連れて帰るという、士族の美しい世界とコミカルな庶民の夫婦のやりとりが混ざった作品です。
―― 嘉数さんはこの作品の中で主人公の美男、里之子(さとのし)を演じられるのですね。里之子というのは何のことでしょうか。
嘉数 里之子というのはお侍さんのことですね。士族の階級です。僕もこれは初挑戦なんです。僕はどちらかというと庶民側が得意なので(笑)。ちょっと緊張しております。
―― 歌劇は同じお芝居でも組踊と大きく違うのは歌を歌うところだと思うのですが。みなさん、歌がとてもうまいですね。
嘉数 組踊は三線のメロディに乗せて歌うことはないので、ずっと組踊を見ていた方には最初は新鮮に映りますよね。組踊は、どの作品でも役に応じてメロディが決まっていますが、歌劇はオペレッタですので色々な曲が出てきます。
例えば、『夜半参』で美男美女が歌う「川平節(かびらぶし)」は琉球芸能では非常にポピュラーな曲で、雑踊でも使用され、どちらかというと庶民の遊び歌的な曲です。しかし同じ曲でも作品によって歌詞が変わりますし、役者によって感情の入れ方が少しずつ異なるため、節回しが変わってくることもあります。これまで演じてこられた先生方それぞれの個性や、歌いまわしも参考にしながら、学んでいます。語るように歌いあげる歌唱法、舞踊の様式をもとにした演技スタイルも、歌劇の奥深さで、また魅力ですね。ですからやっていて面白さも感じつつ、その分、勉強することも多いですね。
―― 以前、嘉数さんにお話しを伺った時に驚いたのですが、沖縄芝居を演じられる俳優さんは組踊や古典舞踊もされるんですね。琉球芸能をなさる方は沖縄芝居と組踊の両方できる方が多いのですか。
嘉数 琉球舞踊や組踊を学びつつ、お芝居にも挑戦させていただける場が現在は増えていますね。お芝居にしても琉球舞踊の所作が基本になっていますので、舞踊の動き、立ち振る舞いを学んだ上でやるのと、無しでやるのとでは動きが違ってきます。
重鎮の先生方に話を聞きますと、昔から沖縄芝居の役者であっても組踊の唱えをお稽古して、琉球舞踊の基礎をしっかり学んでから芝居を学んだそうです。
―― 今のお話からも先輩方から様々なことが語り継がれていくという、琉球芸能の縦の流れがよく感じられますね。
古典の魅力をどう伝えるか
―― 嘉数さんは34歳の時、2013年から2022年3月まで芸術劇場おきなわの芸術監督を務め、2022年4月に金城真次さんにバトンタッチされたわけですが、今はどのようなことをされているのでしょうか。
嘉数 この4月からは沖縄県立芸術大学 琉球芸能専攻の教員として琉球舞踊と組踊を担当しております。
―― 次世代の嘉数さんや金城さんを育てていくということですね。
嘉数 私も一緒に勉強しながら学んでいるところです。
―― 嘉数さんご自身も、沖縄県立芸術大学で宮城能鳳先生の元で組踊をはじめられたんですよね。
嘉数 そうなんです。私は大学入学当時は組踊に魅力を感じていなかったのですが、能鳳先生方の影響で組踊をやることになり、それがまさか国立劇場おきなわに勤め、芸大で組踊を教えることになるなんて、学生時代は全く思ってもいないことでした。ですから私も少しでも多く、次の世代に組踊の魅力を伝えていけるように、私自身も勉強してきたいと思っております。
―― 嘉数さんは『春時雨』や『初桜』など新作組踊をいくつか発表されていますが、今後も作者としての活動は続けていらっしゃるのですか。
嘉数 ありがたいことにいくつか発表させていただきましたが、私の中では古典が好きというのが基本なので、古典を知ってもらうための新しい観客層を開拓するために「現代の人が共感しやすい作品」があってもいいだろうと新作を作ったのがスタートなんです。
古典を学び、いかにその魅力をお客さんに知っていただくか。併せて私たちは古典にどういう創造できるのか。それが私たち現代の役者に課せられた課題だと思っています。
ですから単に個人の表現活動としてではなく、まだまだ私の知らない古典の魅力との出会いを大切にしながら、それを自分なりのものに落として、どう発信していくのかが今後の課題だと思っているんです。
ですので、新しいものを作るというより、古典の魅力にしっかり向き合い、自分のものにするという挑戦をしていきたいと思います。
嘉数道彦(かかず・みちひこ)
1979年、沖縄県那覇市生まれ。幼少の頃より初代宮城能造・宮城能里に琉球舞踊を師事。宮城流能里乃会師範。沖縄タイムス社芸術選奨大賞受賞。第三十九回松尾芸能賞舞踊部門新人賞受賞。沖縄県立芸術大学在学中より新作組踊や新作沖縄芝居の脚本・演出を手がける。同大非常勤講師を経て、2013年~2022年3月まで国立劇場おきなわ芸術監督を務める。現在、沖縄県立芸術大学琉球芸能専攻准教授。