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「大学の劇場」で経験できたこと
小野流空さんインタビュー

2024年3月、舞台芸術学科 舞台デザインコースを卒業した小野流空(おの りゅうく)さん。裏方のお手伝いをするステージスタッフ(通称SSS)や舞台芸術研究センターのプロジェクトに舞台監督助手として参加するなど活躍し、卒業後は舞台監督、演出部、大道具に関わる会社に就職が決まっています。学生時代、どんなことをしていたのか。お話を伺いました。
聞き手:舞台芸術研究センター制作スタッフ

 

高校3年間は役者として演劇に熱中

— 小野さんは舞台芸術学科で勉強されていたわけですが、舞台の勉強をしようと思ったきっかけは何だったんですか?

僕は岐阜農林高等学校(以下、岐阜農林)の演劇部出身なんです。

— 岐阜農林は演劇部が有名なんですよね。

はい。僕が入る前の先輩たちが全国大会で優勝したのですが、僕は高校に入るまで演劇に全く興味がなくて。
岐阜農林を選んだのは動物が好きだったので動物科学科に行きたいと思ったからだったんです。でも倍率が高かったので、それに近い微生物などを研究する学科を受験しました。そうしたら親に「岐阜農林へ行くんだったら演劇部に入りなさい」って強く勧められたんです。

― 演劇部に入ったのはご両親の勧めだったのですね。

僕はスポーツ部に入るつもりだったんです。ところが新入生歓迎会で演劇部の公演を20分ぐらい強制的に観させられたんですね(笑)。「こんなの観たくない。絶対、寝るやん!」と思っていたのに、20分後に「僕、演劇部に入るわ」って(笑)。

— 何がそうさせたのですか?

その時に観たのが、それまで勝手に想像していた “演劇部の演劇” ではなくて、すごく面白かったんです。それで演劇部に入って、勉強も3年間ちゃんとやって、このまま高校で学んだ道で大学に進もうと思っていたんです。進路希望にも最初はそう書いていたのですが、いつの間にか「演劇の方へ進むとしたら、どんな感じかな」と考えるようになって。そうしたら、そっちの方が志望動機が書きやすい、イメージしやすかったんです。
それで「僕は演劇が好きなんだ」「演劇をやりたいと思っているんだ」と気が付きました。それが3年生の夏。そこから進路を芸大受験にシフトチェンジして、担任の先生や親に相談したら京都芸術大学があると分かったんです。
調べてみるとこの大学は、役者になりたい人もスタッフを目指したい人も隔たりなく一緒に学べるんですよね。さらに1回生のうちは役者や美術、照明など専門を決めずに、いろんなことが学べるのがいいなと思って。僕はいろんなことに興味があって、最初は役者をやりたいなと思ってましたし、美術や照明、音響なども勉強したいと思っていたので、ここの大学はアリかもと思って。

— その進路にご両親の反応は?

僕、すごく飽き性なんです。中学生まではサッカーをやっていたのですが、我が家はみんなサッカーをやっていて、その流れでやっただけで好きじゃなかったんですね。だから親にも「楽しくない」ってずっと言っていましたし、かといって勉強もやりたくない。他のことをやってもすぐに「飽きた」「なんか違う」と言っていたのに、高校の3年間、 舞台に熱中していたことに親はびっくりしていて。だから、いずれ言い出すだろうなとは思っていたそうです。ありがたいことに子供のやりたいことを優先してくれる家だったので、特に反対はされず、「行っていいよ」と言ってくれました。

 

お客さんの拍手があるから頑張れる

— 入学して春秋座の舞台に上がった時のことは覚えていますか?

確か日本芸能史の授業で所作台(日本舞踊や歌舞伎、能などの上演時、舞台に敷くヒノキの台)を敷く必要があり、そのお手伝いに行ったんです。足袋を買って行って、その時に初めて舞台に立ちました。

— 所作台に上る時は足袋を履かないといけないんですよね。

当時は他の劇場に仕込みに行くなんてことがなかったので、春秋座しか知らなくて、劇場ってこういう大きさなんだと思ってたんです。でも3年生の授業で春秋座の大きさは異常だということを学びました(笑)。その頃から少しずつ外でのお仕事もいただけるようになったので、他の劇場に足を踏み入ることも増えたのですが 、やはり春秋座はすごいなと思います。

 

綱元。この綱を引いて緞帳や美術、照明のバトンを昇降させる
撮影:瀬戸山仁琴(京都芸術大学 美術工芸学科)

 

舞台の広さだけでなく、バトンの多さ、舞台機構の充実具合。それから未だに綱元が手引きというのも大学の中の劇場として素晴らしいなと思います。
現場の方の話を聞くと、若手が綱を引けないのが問題になっているそうなんです。今は手引きができる劇場は少ないですし、あっても簡単にはさせてもらえないですからね。僕らも複雑なことはできないですが、 それでもある程度、綱を引く技術が得られるのは恵まれた環境だったなと思います。

— 入学してからは、春秋座のSSS(舞台スタッフ)や劇場アルバイトをするようになり、初めて舞台芸術研究センターのプロジェクトに関わったのが、2022年の3月に上演した藤田貴大ワークショップ発表会の『川を渡る』 でしたね。これは、どういうきっかけで参加したのですか。

はい。あの時は3年生だったのですが、授業で小野哲史先生が舞台芸術研究センターでマームとジプシー主宰の藤田貴大さんと学生が一緒に芝居を作るプロジェクトを企画しているらしい。そこで舞台進行と音響の助手、制作をしたい学生を探しているという話をされたんです。マームとジプシーはすごく好きなカンパニーだったので、これはもうチャンスだと思って「やります!」と言ったんです。

― それで初めてなのに、いきなり舞台進行に立候補したんですね。やってみてどうでした?

ほんとに大変でした。

 

2022年3月26日(土)・27日(日)開催 藤田貴大ワークショップ発表会『川を渡る』
舞台設営時のスナップ
 

— でも元々、春秋座にアルバイトに来ていたので劇場スタッフとはコミュニケーションがとれていたんですよね。しかもアルバイトとはいえ「なんでもやります!」という感じでいてくれたので。それがあったから恐らく、舞台進行をやるのは初めてだけれど小野君にさせてみてもいいんじゃないかという空気があったんだと思います。

これは春秋座で初めて自分が中心になってやった作品だったんです。それまでSSSや劇場アルバイトに積極的に入って、スタッフの方に顔を覚えていただいてはいましたが、このような座組で、かつ自分が進行しなくてはいけないのは初めてだったんです。
ですから、まず劇場のことをきちんと理解するために舞台監督さんや裏方スタッフの方に話を聞きに行きました。

 

『川を渡る』の舞台稽古にて

 

そして舞台芸術研究センターで制作をしている井出さん達と打ち合わせをしたりする中で、大人はどういう風に舞台を進めていくのかを肌感覚で経験できたのが一番大きかったですね。どうしても学生同士の公演となると「どうする、どうする?」「どこから始める?」とういう感じになってしまうのですが、「大人たちはここから始めるんだ」「 こういう進め方をするんだ」「こういう打ち合わせのやり方をするんだ!」 というのをほんの入口部分ではありますが知ることができました。
そのやり方を今度は授業発表公演や、その次の舞台芸術研究センターのプロジェクト『LIVE BONE in 春秋座 (以下、『LIVE BONE』)に繋げることができたと思います。

— 『LIVE BONE』はちょっと特殊な公演でしたからね。みんなで一から作るというより、すでに出来上がっているプロの現場にポンッて入ったような感じでしたから。この時は舞台監督の大鹿展明さんの助手として入ってくれたんですよね。

はい。お客さんの動線をどうするか、稽古に入るまでの流れ、それまでに注意しなきゃいけないことは何か、どういう風にスケジュールを組んだらいいのかなどが、すごく勉強できました。

― 具体的にはどんなことをしていたんですか?

稽古段階から現場に付いていたので、ある程度、仕込み物とか転換内容について事前に情報はもらっていたのですが、稽古を経て変更されるところもあったので、それを大鹿さんと共有して更新していきました。あとは役者さんのサポートとかですね。
本番は大鹿さんが演出部のタスクを任せてくれたので、実際に綱元を引いたりしました。

— あの作品で一番得られたと思ったことは何でしたか?

「芝居心」ですかね。『LIVE BONE』の前に春秋座以外でプロのカンパニーの公演に参加し、綱元を触る経験をさせてもらったのですが、本番が終わった後、舞台監督の方に「流空はもっと芝居心を知った方がいいな」と言われて。綱のタイミングや上げる勢い、スピードが大事ということをもっと知った方がいいって言われたんです。
その後すぐに『LIVE BONE』に関わったのですが、この作品は美術の昇降がインパクトあるじゃないですか。そこをどういう風に観せるか。スピードやタイミングなど、どうやったらお客さんに違和感なく印象付けできるかをすごく気を付けました。

それと出演者とのコミュニケーションですかね。 この頃から作品作りをする時に舞台監督、演出部は出演者とのコミュニケーションも非常に大切になるのではないかと感じ始め、LIVE BONEでは出演者となるべく喋って距離を縮めることを意識してました。
出演者のちょっとした悩みだったり「もっとこうしたかった」っていう思いを知ることができずに作品が終わることが多かったんですが、スタッフ同士だけでなく出演者とは話す機会をとることでそういった対応を一人一人変えることができる。すると全員が気持ちよく舞台に立つことができる。それがお客さんにも伝わって作品の質は上がるのかなということを実感できました。

 

2022年8月21日(日)開催 『LIVE BONE in 春秋座』 撮影:井上嘉和

 

― この作品では、舞台美術の昇降は演出の肝でしたからね。

例えばアップするのにしても動きを均一にして上げていかないと途中でタイミングを合わせるために止まってしまうので格好悪いですよね。それから、お客さんが観ていて気持ちがいいのはどのスピードで、どのように上げればいいのかを客席からスマホで撮影してやってみて、後で見返して研究しました。ですからその前に言われた「芝居心」というのは、なるほどなと思って。すごく意識しましたし、勉強にもなりました。

 

— 終演後、小野さんが 学生ダンサーたちに「あんなに大きな拍手をもらったら、また舞台やりたくなりますよね」というようなことを言っていたのが、すごく印象的でした。

これは持論なんですが、舞台を観ているお客さんは僕らスタッフには拍手をしていないと思うんです。お客さんは役者やダンサー、演出家の演出を観に来る方が多いと思っていて。だけど、お客さんから大きい拍手をいただいたり、ダンサーがカーテンコールであんなにも楽しそうに踊ってるのを見てると、それだけで今までの大変だったこと、辛いなと思ったことがどうでもよくなるぐらい気持ちがいいんですよね。
やっぱり大変じゃないですか、大人数で舞台を作るというのは。色々な意見が出てきますしね。ですから舞台監督をはじめとする舞台部や制作は中間管理職のような感じだなと思うんです。
でも、こんなに喜んでいただけるのなら頑張ってきて良かったなと思って。この時、これが他の芸術にはない舞台の良さだなと改めて思ったんです。

 

『LIVE BONE in 春秋座』森山開次さんと出演者、学生スタッフメンバーと。
小野さんは後列左端

 

— 舞台は場所と時間を共有する芸術ですからね。

そうですよね。作品に関わってる人とお客さんが時間を共有できる。唯一無二の芸術だなと思ったら、ちょっと涙が出そうになったんですよ。ああ、やっぱこれが舞台の良いところだな、これが楽しくて舞台をやっているんだなと改めて確認できた気がしました。

 

春秋座での経験から学んだこと

2023年12月2日(土)・3日(日)開催
2023年度舞台芸術学科卒業制作公演 等々力企画『まほろば』

 


— その後は授業発表公演、卒業制作公演になるわけですね。卒業制作公演の 『まほろば』 は舞台監督として関わったんですよね。観ていてとても良いチームだったんじゃないかなと思いました。

ありがとうございます。この公演で一番意識したのは座組の関係性でした。まずは関係性を密にして、全員が同じ方向を向き、ちゃんと仲が良い座組にすることを目標にしました。それは『川を渡る』と『LIVE BONE』両方の経験が活かせたかなと思っています。

— ただ、それでもシビアにならないといけない時は絶対にある。例えば、ここで集中して稽古をやらないと良いものが作れないというタイミングも出てきますよね。そういう場面で演出や舞監がピリッとさせるようなことがあったとしても、普段のコミュニケーションがあったら乗り切れますからね。そういう感じが出ていました。
その他に卒業制作公演を作る上で、舞台スタッフや舞台芸術研究センターでのプロジェクトでの経験で役に立ったことはありましたか。

まず、劇場の特徴を理解していることが作品を作る上で、とても役に立ちました。やはり同期でもあまり春秋座に顔を出していない人は、知らないことが多いんですよね。ですから事前に「ここは注意した方がいいよ」とか「ここはこうなっているよ」と伝えることができました。

 

『LIVE BONE』のスナップ。左が小野さん

 

それから『川を渡る』の時は、舞台進行だったので僕が目上の方に交渉に行ったり、「ここはこうしてください」と言わなくてはいけなかったんです。でも、そこでどういう風に言ったら受け入れてもらえるのかを学ぶことができました。ですから学生の公演でも誰かにお願いする時は相手が嫌な思いをしないように、相手の顔を立てながら言うようにしたり。そういう応用ができたかなとは思います。
そして、なによりプロの方たちと作品を作れたのが大きかったですね。だからこの時は大人たちの打ち合わせの仕方を見よう見真似でやってみたんです。そうすると、こういう話し方、交渉の仕方、こういう関わり方をすれば座組はうまく回るんだと気が付いたんです。これは学生公演だけをしていては分からなかったところですね。
だから本当にコミュニケーションって大切なんですよね。作品のため、観客のため、一緒に作品を作る仲間のためにプロはこうやって話をするんだと学べました。

― 特に『LIVE BONE』で舞台監督に入られていた大鹿さんは、どんな状況でもすごく柔らかく現場を持っていってくれる方ですよね。

そうなんです。どんな現場でもニコニコされている。でも締めなくてはいけない時はピリッとさせるメリハリの付け方とか。大鹿さんの進め方はかなり意識してマネしました。

 

コミュニケーションの面白さ

— 高校からずっと演劇に携わり、卒業後は舞台に関わる会社に就職するわけですが、ずっと舞台に関わっていたいと思わせる、舞台の魅力って何なんでしょうか。先ほどおっしゃっていた、お客さんの拍手があるというのはもちろんでしょうけれど。

僕も最近、それを思い返していたんです。なんで僕は舞台が好きなんだろうって。
一つは、やはり(作品に関わってる人とお客さんが時間を共有できる)唯一無二の芸術というところが根っこにあると思います。それに加えて4年間、舞台芸術を勉強して集団活動の深さが面白いと思うようになりました。
ここまで人とコミュニケーションを取らなくてはいけない環境ってそんなにないと思うんです。それが鍛えられるのが舞台の良さだなと思いますし、一般社会においてもその力が応用できるのが舞台の素晴らしいところだなと思っています。

— 舞台は1人じゃ作れないですからね。

否が応でもコミュニケーションを取らなくてはいけないという。

— そうしないことには、あんなに大きなものは作れないですからね。

 

舞台芸術を学ぶための良い環境とチャンスがある場所

— 最後に舞台芸術を学ぼうと入ってくる新入生にアドバイスはありますか?

そうですね。とにかくSSS(舞台スタッフ)は参加した方がいいですね。そして、何がなんだか分からなくてもとりあえず行ってみる、やってみる。まずはチャレンジするというのはすごく大切かなと思います。
さきほど言ったように劇場のことを理解していると授業発表公演の時に役に立ちますし、 劇場はプロの方も来るので、そこでの舞台の仕込みの方法を見ることも勉強になります。それから劇場の方に顔と名前を覚えてもらうと色々なプロジェクトに参加できるチャンスも巡ってきます。
舞台芸術をもっとやりたい、いろんなことを経験したいと思うのであれば、こんなに良い環境とチャンスがある場所に足を踏み入れない理由はないだろうと思います。

― SSSに入ることは 劇場への入口ということですね。

はい。とはいえ僕は、いっぱい失敗もしていまして(苦笑)。
でも、その失敗も大きな成長になりました。良くも悪くも大学なので失敗をしても誰かが助けてくれます。ですから変な言い方ですけど、安心して失敗しに行ってほしいですね。たとえ失敗しても、それで嫌だと諦めず、いろんなことにチャレンジし続けてください。もし、この業界にどっぷりと浸かってやっていきたいと思うのであれば、積極的に大変なところに行くと、後の自分が嬉しがる、将来の自分が笑顔になるのかなって思っています。
一歩一歩泥臭く前へ進みましょう(笑)

— これから社会に出るわけですが、将来、どんなことにチャレンジしたいですか。

将来の細かいことはあまり考えてなくて。とりあえずやってみるという感じです。
しいて言えば僕が憧れていた作品に舞台監督として携わって、演出家や役者さんとコミュニケーションを取りながら、その人たちがやりたいと思ってる作品に自分の体を寄り添わせ、一緒に作品を作ってる仲間と一体になれたらいいなと思っています。

― いつか舞台監督として春秋座に帰ってきてくださいね。

はい。それも1つの夢ですね。

— 春秋座に帰ってきた時には、またこうやってお話を伺わせていただけたらと思います。本日はありがとうございました。