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大学開学30周年・劇場20周年記念
渡邊守章追善公演
春秋座―能と狂言

歌舞伎劇場の空間で、伝統的な能・狂言の演目をお楽しみいただく春秋座恒例企画です。今回は、本公演の企画・監修を初回からつとめ、2021年4月に逝去された渡邊守章前所長の追悼公演として上演いたします。


プログラム
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演目解説
 
天野文雄(舞台芸術研究センター所長)

狂言『武悪』
シテ(主):野村万作、アド(武悪):野村萬斎、小アド(太郎冠者):深田博治

『弱法師』
シテ (俊徳丸): 観世銕之丞、ワキ(高安通俊): 森常好、アイ( 通俊ノ下人):野村裕基
笛:竹市学、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井広忠
後見:赤松禎友上野雄三
地謡:大槻文藏浦田保親観世淳夫武富康之齋藤信輔安藤貴康大槻裕一上野雄介

追悼トーク「渡邊守章先生と『春秋座―能と狂言』」
大倉源次郎、亀井広忠、観世銕之丞、野村萬斎(五十音順) 司会:天野文雄

 人情と詩情、そして祈り

 今回の「春秋座 能と狂言」は、狂言『武悪』と能『弱法師』の組み合わせです。過去十二回の企画はすべて本研究センター前所長の故渡邊守章先生の監修でしたから、今回は先生の追悼公演と銘打っています。『弱法師』の選曲にも先生の意向が入っています。
 『武悪』は上演時間が五十分ほどの作品です。狂言としては長い作品で、大曲でもあります。『武悪』に登場するのは、武悪、太郎冠者、それに彼らの主(しう)の三人で、いずれも重要な役廻りになっています。シテは武悪ですが、今回のように主をシテにすることも少なくないようです。前半では、武悪の仕事ぶりに強い不満をもつ主が、太郎冠者に武悪の成敗を命じますが、武悪は太郎冠者の立場を思って素直に打たれようとする。その武悪を太郎冠者は同輩の誼(よしみ)から逃がしてしまう。成敗の報告をうけた主は、武悪の不奉公を憎みながらもその死を悼む。こうして三者三様の「人情」が緊迫した状況のなかで交錯します。このあたりが大曲とされる理由の一端なのでしょう。後半は一転して、清水寺あたりで、幽霊に扮した武悪が主と交わす、シュールな狂言らしい場面となります。武悪という名の由来は不明ですが、あるいは「武に長けた従者」の謂でしょうか。狂言面の武悪とは関係がないようです。
 『弱法師』は早世した世阿弥の嫡男観世十郎元雅の作。舞台は聖徳太子創建の「仏法最初」の天王寺、その西門(さいもん)近くの石の鳥居あたり、時は春、釈迦入滅の如月(二月)、彼岸の中日、時刻は難波の海に夕日が沈もうとしている頃。彼岸の中日というので、貴賎群集する雑踏のなか、弱法師と呼ばれる盲目の乞食(こつじき)が杖を突いて石の鳥居から境内に入って施行(せぎょう)を受ける。彼の名は俊徳、ある人の讒言によって高安の家を追われ、いまは盲目となって天王寺あたりにたむろする境遇という設定です。このように酷薄な状況にある弱法師ですが、彼はひたすら仏法最初の天王寺の仏徳を頼み、その結果、おりしも難波の海に沈みゆく夕日を、「おう、見るぞとよ、見るぞとよ」と心眼で見ることを得ます。難波の海の先にあるのは極楽世界です。分類は物狂能ですが、父世阿弥の物狂能とはまったく異質で、「祈り」と難波の梅の香に象徴される詩情があります。なお、冒頭近くで弱法師に施行を与えるのは、萬歳氏の嫡男、万作氏の令孫野村裕基君です。
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(舞台芸術研究センター所長/天野文雄)

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照明デザイン:服部基
舞台監督:小坂部恵次

協力:銕仙会、万作の会、空中庭園
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)独立行政法人日本芸術文化振興会