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芸能の中に冷凍保存されている日本を知る- 「日本芸能史」で学ぼう

2002年からスタートした「日本芸能史」は、春秋座を利用した人気連続公開講座です。毎年、様々なテーマを設け、人間国宝を含む実演者や研究者など豪華講師陣をラインナップ。他では聞けない講義内容が話題となっています。この講義の企画者である歌舞伎研究者の田口章子先生に講義への想い、2024年度のテーマに関するお話を伺いました。

 

生きた芸能を「みんなで」学ぶ

— 2002年にスタートし22年も続いてきた「日本芸能史」は大学の中でも看板的な講義ですね。

そもそも先代理事長から「歌舞伎劇場でもある春秋座を大学らしく使ってほしい」と依頼されたのがきっかけなんです。それで何かできることはないかなと急いで考えた時、私は研究者なので、やはり勉強のために春秋座を使いたいと思ったんです。
劇場がオープンしたのが2001年だったので、まだ知名度がありませんでしたから、まず多くの人に劇場を知ってもらいたい、足を運んでいただきたいという意味も込めて「日本芸能史」の公開講座にしようと決めました。(劇場の誕生秘話 もぜひ、お読みください)
とはいえ、いわゆる教科書に書いてあるような日本芸能史を上代から現代までやったら、もう地獄ですよね(笑)。そんなことはしたくなかったんです。それにせっかく春秋座を使うので、生きた芸能をみんなで学びたいと思って。
実は、そこには個人的な想いもあるんですよ。というのも初めて東京から京都に赴任して来た時、京都では歌舞伎の公演が年に1、2本しかないことにびっくりしたんです。当時、東京では毎月 3、4つの劇場で歌舞伎が上演していましたから。

 

「京舞」井上八千代先生(「日本芸能の中の海外性と国内性」)

 

かといって歌舞伎を上演することはできないので、それでは…と考えた時、京都は芸能の土壌が豊かなので、声明や雅楽に始まり能、狂言、民俗芸能、京舞と京都に縁ある芸能を体系的に学ぼうと考えたんです。
そして第一線で活躍している専門家をおよびして、「歌舞伎はこういうものですよ」「能はこういうものですよ」という入門的な話をしていただき「みんなで学ぼう」というスタイルにしました。
実は3年間やってみて、受講者が来なかったら止めるという約束の元で始めたんです。けれど翌年、その翌年もどんどん受講者が増えていって。そこで2005年から元々、考えていた「テーマを決めてみんなで学ぶ」という形に発展したんです。

 

講師も生徒もみんなにとって良い学びの場にしたい

— テーマが誕生した初年度の2005年は「言葉と身体」でしたね。

同じ芸能でも「言葉と身体」というキーワードで見ていくと、違う発見があって面白いんですよね。例えば日本舞踊は身体の芸能になると思いますが、三味線と歌に支えられて踊りますよね。そういう視点で見ると、「これは言葉の芸能だったのか」「これは言葉よりも身体の芸能だったのか」と見方が変わってきて、さらに色々なものが見えてくるんです。ただ、それを私が話すのは難しいですから、良い先生を呼んできて、みんなで勉強すれば良い学びができるなと。そういう風に試行錯誤していきました。

 

「歌舞伎」田口章子先生(「日本芸能の中の海外性と国内性」)

 

— ですから、いつも講義の時に「私も生徒です」とおっしゃるんですね。

そうなんです。私は決して教える側ではないんです。年に1回は講師として舞台に立ちますが、基本的にはみなさんと同じ客席の人なんですね。それに、それぞれにいろんな学びがあるから、いろんなことを私が言うと考えや意見が偏ってしまうでしょ。ですから言わないようにしています。
うちの大学の職員さんに「この講座の不思議なところは田口先生が舞台に出てきて『今日の講義は○○で、講師は△△先生です』と紹介して、普通だったら袖に消えるのに下に降りてきて客席に座っちゃう。そして講義が終わると舞台に上がるところ(笑)」と言われたんです。だって、そういう授業だもの(笑)。
いずれにしても「客席に座っていると何か学べるよね」というのがいいんです。それに目の前に机があると“勉強”という風になるけれど、劇場は楽しむところですからね。楽しみながら学びがあるという、そういう贅沢感もあるんですよ。
そして「日本芸能史」にはもう1つ特徴があるんです。研究者にご自分の研究領域の視点から話をしてもらい、実演者の方には実演者ならではの話をしてもらうということ。そうすると例えば同じ歌舞伎の話でも、私が話す歌舞伎と、実演者が話す歌舞伎では全く違う内容になるわけです。
偉そうな事を言ったら叱られてしまいますけれど、例えば「言葉と身体」というテーマを講師にお伝えすると、自分の芸能を「言葉と身体」として向き合って考えて下さるのがとても嬉しいんです。何度か出てくださっている方は必ず「今度のテーマはなんですか?」って聞いてくださいますし、人によっては、「そのテーマで1年考えて臨みます!」って言ってくださる方もいて。聞く方としても、とても楽しみですよね。
講師も勉強になり、客席も勉強になり、もちろん私も勉強になるという、三者それぞれが良い学びをできる講座にしたいなと。ですから講師も毎年、同じ話はできないわけですよ(笑)。

― 講義を始めて数年の頃は実演の時しか受講しないという方もいらっしゃいましたね。

今はそういう方はいなくなりましたね。研究者の話も聞かないと物事が理解できないということが浸透したのかなと思っています。最初からずっと受講してくれている方もいらして、そういう方はある程度、この講座のどこに値打ちがあるかが多分わかってくれているのではないかしらと思っているんですけれど、どうでしょうか。

 

日本文化の中に冷凍保存されているものを解凍してみたい

日本の芸能・芸道は、ものすごい宝の山だなと思うんです。
私はよく芸能や芸道を知ることは「日本を知る鑑」と言うのですが、それはなぜかというと、そこには昔からのものが携えられ、続いているからです。この言葉がピッタリかどうか分からないけれど、私はその中で冷凍保存されているものを解凍してみたいなという想いがあるんです。そして、なぜそんなにも冷凍保存ができるんだろうと思うんです。

 

「琵琶」 奥村旭翠先生(「ジャポニスムと芸能・芸道」)

 

日本には中国などから多くの文化が入ってきました。例えば楽器の琵琶もペルシャから中国経由で日本に入ってきましたが、日本は入ってきた形をある程度、後世に伝えていますが、中国はその後、どんどん進化していきます。なんといっても弦が変わったので音が違いますよね。

― 今は金属(スチール)などになっているんでしたっけ。

そう。とはいえ日本人も入ってきたものをそのまま受け取るのではなく、そこに自分たちが大事にしてきたものを加えて、独自の文化を作っていくのが特徴。そこに日本文化の特徴がある気がします。
それはどうしてなんだろう? ということを、いろんな角度から学ぶのが、この「日本芸能史」なんです。
年を重ねる度にテーマもだんだん複雑になっていきまして、例えば2009年にやった「はじめての日韓比較芸能史」は、古来より日本には韓国の文化が沢山、入ってきていますが、現在の視点で見るとどこが同じで、どこが違うんだろうという比較をしてみようというものでした。
この時は、韓国(朝鮮)舞踊をやった翌週は、それに対するのは日本舞踊ということで、日本舞踊の講義をする。パンソリをやったら、それに対するのは義太夫と、そのように韓国と日本の芸能を交互に行いました。そうすると身体の使い方や所作にも違いがあるのではないか、などといったことが見えていくんです。今考えても、それはすごく贅沢な授業ですよね。

 

本当のグローバリズムは相手国の文化を知ること

私は他国と理解し合う時に一番大事なのは文化だと思っています。文化を解して「日本人はこういうものを作ってきた民族です。だからこういうことを理解してください、その代わり私たちもあなたの国の文化を理解します」と伝えることだと考えます。それが本当のグローバリズムだと思うんですね。それに異国に対する憧れって文化の中にあるから、「日本の文化っていいな」って思ってもらえることで、仲良くなれるかもしれないし。
それなのに日本人のことは全く理解されてないわけですよ。日本人はシャイな民族だから、外国に向かって「私たちはこんなとこがすごいです!」とは言わないし、しかも日本の文化や、日本人とはこういう民族ですということを説明できないんですよね。

 

「鼓」大倉源次郎 先生(「日本芸能の中の海外性と国内性」)

 

— 海外留学した時、日本文化を説明できずに、帰国してから日本文化を勉強してハマるという方の話、よく聞きますね。

そうですよね。これはナショナリズムということではなく、日本人は文化を大切に作り、ずっと携えてきたわけです。こんなにも素晴らしい歴史、文化があるのに、それをなんて言うのかしら、日本人自身が無関心であるのは良くないと思っています。
だから世の中的に能や歌舞伎、文楽などの興味が薄れているのも問題かもしれないけれど、実のところ私はそれよりも、もっと根本に1本貫く日本文化の本質を知ってほしいと思っているんです。

 

今年のテーマは「大地母神信仰」

— はじめに日本の芸能史を上代から並べて講義をしたくなかったとお話されていましたが、この「大地母神信仰」というのは、日本の芸能の根源でもありますし、テーマを設けるようになった時、最初に来そうなタイトルかなと思ったのですが。あえて約20年の時を経て、今、このテーマを持ってこられた理由は何だったのですか。

そうですね。「日本人が独自の文化を持ってるっているのは何故か」ということで、色々な芸能を様々な切り口で見てきて、今、やっとその “何故か” というところに来たのだと思います。
大地母神というのは大地の神様で、大地に種を植えると色々な食べ物が実りますし、大地から山が盛り上がり、太陽だって大地から出てきますよね。その大地の豊饒性、生命力を女性の出産になぞらえて信仰するのが大地母神信仰です。そして女性の方が神がかりしやすいことから巫女さんも女性ですよね。それで日本では古代より女神や大地母神が信仰されてきました。
そして、どのような時代になっても、日本人はこの信仰を手放さないんです。 「そういうところに日本が見えると考えるのも面白いでしょう? 」 とテーマに決めました。
我々は「大地母神を信仰しています」なんて思わなくても、無意識のうちにそういうものに支えられているんですよね。ほら、「こんなことしたら、お天道様に顔向けできない」とか言うでしょ。それがまさに大地母神信仰なんですよ。そんな風に無意識のうちに言葉に出たり、お芝居のセリフに出てきたりしているんですね。だから宗教ではないですね。信仰心ですよね。
それに日本人が恥ずかしがりというのも、この大地母神信仰で解けると思いますよ。そういう風にして 1個のことだけじゃなくて全部が繋がっている。そして、それらが現代にも息づいているのが日本なんだっていうことをやりたいわけです。

以前、この講座の総論でもおなじみの諏訪春雄先生らと アニメと日本文化研究 というのをやったのですが、ものすごく面白いものが出てくるんですよ。私はアニメのことを深くは知らないけれど、この目線で見ると今の日本のアニメに大地母神信仰が息づいていることが分かるんです。
今、外国で日本のアニメの関心が高いじゃないですか。なぜかと言ったら、外国人が忘れてしまった大地母神信仰的なものが見えるからだと考えています。大地母神信仰というのは元々、世界中にあったものですからね。だから私、これから世界をリードするのは日本だと思っているんだけど、その日本の若者たちがあまりにも日本のことを知らなすぎるのが悲しくて。こういう見方ができたら、もっと日本のことが分かって、外に伝えられるのになと思っています。

 

「華道」 池坊専好先生(「日本芸能の中の海外性と国内性」)
 

そして、日本の伝統文化や芸能は、神様を祀る神祭りからスタートしているんですね。日本人は遠方から神様をお招きして、ご馳走を作り、踊ったり、綺麗な花を生けたりして神様に楽しんでもらい、我々の願いを叶えもらおうとしてきたわけです。一方、もてなされた神様も、「それならお前たちの望みを叶えてあげよう」と豊作にしてくれたり、災いから守ってくれたりするわけです。それが特に芸能に如実に現れてるということで、今回は芸能を多く取り上げています。

― ラインナップの中に宝塚歌劇があったり、衣裳や大道具があるのも面白いですよね。

もちろん「なんで日本芸能史なのに?」みたいなところはあるかもしれないけれど、それは第一回目、4月15日の諏訪春雄先生の「神・祭り・芸能・芸道の誕生」の講義を聞いてみてください。きっとそんな話をしてくれると思いますよ。

いろいろと面白いラインアップを並べていますが、実は全部、学問的な根拠があるんです。それも22年も続けられた理由の一つかなと思います。

 

何を吸収するかは自由!

 

「狂言」茂山忠三郎先生(「日本芸能の中の海外性と国内性」)

 

嬉しいのはパンデミックの時から大学は、月・火曜日はオンライン授業中心になっているにも関わらず、月曜日の日本芸能史の授業に学生が100人ぐらい集まってくれるんです。対面講義がない日だから本来なら大学に来なくていいのに、本当に学びたいと思って来てくれるわけだから、そういう人たちのことを私は大事にしたいと思ってるし、いい学びをしてもらいたいと思っています。
100人いれば100人の捉え方があるように何を吸収するかは自由です。うちの大学はいろんな学科の学生がいるから、それぞれ違うアンテナが立っているわけですよね。だからアニメーションを勉強してる学生は、そのアンテナで、彫刻を勉強している学生はその視点で見ると見えてくるものがあるわけです。日本の芸能や文化は、そういう多様なものを含んでいるから宝の山なんですよね。それを「日本芸能史」の授業を通して学んでほしいなと思っています。

 

壬生大念佛狂言(「日本芸能の中の海外性と国内性」)

 

そして今やAIやネットでの動画配信が主流の時代になってきていますが、「実物って面白い」ということも知ってほしいですね。研究者や実演者と同じ空気を吸うのも何よりも大きな学びだと思いますし、研究者の話もどうやって聞いたら理解できるか学んでほしいんです。「何言ってるか分からないけれど、この先生ってすごいな」と分かるだけでもいいんですよね。それって オンラインでは体験できないことですし。芸術大学の学生は感性が豊かだからね。将来、何かの時にそれが役に立ってくれればいいんです。
そして芸能でも研究でもそうだけれど、一流から学ばないとだめっていうことです。

― そうですよね。見ている世界が違いますよね。

そうそう。この先生の授業出てよかったって思えたら、それでいいと思っています。だから必ずしも歌舞伎はこういうもの、能はこういうものだなんてことを熱心に学ばなくても、なんか大雑把にでも掴んでもらえたらなと思っています。自由に体験してもらって、自分の価値観や感性で受け止めてくれるのが一番かなと思っています。

実はすでに来年度の講座も仕込み始めているんです。

— 来年度のテーマが楽しみです。

みんなで学ばないと。いろいろな答えは日本の伝統文化の中に冷凍保存してるから、それを紐解いて、先人はどんなものを大切にしてきたのか、どういうふうに物事を考えてきたのかを学ぶことも大事。ここから日本人や日本文化が見えてきたら面白いですね。

—ありがとうございました。

 

 

過去の「日本芸能史」の講座内容ついては、こちらをご覧ください ↓ ↓ ↓

公開連続講座 日本芸能史